オークションサイトで入手したベリンガーの8chヘッドホンアンプです。売り主によると7chのみ滝のような雑音が出る、とのことで修理目的で落札(価格は1100円)しましたが現物を調べてみるも指摘症状が出ません。そのかわり、故障とは言い切れないのですが6~8chにかけてブーンというハムノイズが常時乗ります。電源のトランスに近い側のハムが大きい例は同社の1Uラックマウント製品に時々見られます。


中身はスカスカで背面パネルと前面パネルの裏に短冊状の細長い基板が付いているだけ。


背面パネル側基板はフォンジャックのコネクタで固定されています。放熱を兼ねて底面に三端子レギュレータ(LM340T5/7915)がねじ止めされています。以前修理したADA8000はこのICの放熱に問題があり近くの電解コンデンサーが熱で劣化して故障したので、この実装のほうが良いですね。某所の本機のレビューに、中を開けたら雑にビニールテープが巻かれていて印象悪いと書かれていましたが、ケーブルの抜き差しの繰り返しでネジが緩んで万が一通電中にACインレットが抜けた際にAC100Vがケースにショートしないための配慮なので理にかなっていると思います。


背面基板の入力コネクタの裏側に4580が2つあります。本機はTSアンバランスとTRSバランスの両受け可能な機種なのでこの4580でアンバラにして前面パネル側へ配線で渡ります。前面側はフロントパネルに基板を押し込んで細長いプラスチック棒で接着固定してあり、用が無ければ外したくない構造です。前面基板の入力ボリュームの裏(下の写真)に4580が2個とTL062が1個。TL062はレベルメーター用かもしれません。


問題の7ch部分の背面側です。特に半田不良などは見られず。LM339は各チャンネル毎にある8セグLEDのレベルメーター用で、この裏にレベルメーターLED、フォンジャック、ボリューム、自照式プッシュスイッチ2個、電解コンデンサがあることを考えると増幅用のオペアンプがあるとは考えにくいです。つまり、音声信号はボリュームを通った後、ここから再び背面基板へ渡り、


背面基板上のSIPの4580Lで増幅されて背面端子に出力されると共に、もう一度前面基板に渡ってパネル面のジャックから出力されるようです。となるとトランスの磁束干渉を強く受ける部分を音声信号が往復していることになります。


本機はトロイダルトランスと6~8chの位置が近くて特に8chの配線がトランスに接しており、トランスを巻いている薄い鉄板を除けばなんら漏れ磁束の対策が無いので、ハムは乗るべくして乗っています。


トランスはボルトと回転防止の接着剤で固定されています。これを外して回転させたり、8chの配線を遠ざけたりするとハムノイズが増減しますが、8chが小さくなっても7chが大きくなったりして、いかんせん距離が近すぎるので根本的な解決になりません。トランスをもっと小さいものに交換して鉄板で囲う、などすると多少はマシになるかもしれませんが、1100円で買ったものにそこまでお金と手間をかけるかといえば微妙。本機のような多チャンネルヘッドホンアンプはバンド録音や映画の吹き替え収録等で返しモニター用途に使われていて一般家庭でのリスニング用途には不要なものです。ハムは乗っても一時的な利用なので我慢してね、という位の割り切りで製造されている感があります。まあ純粋リスニング用途でこれを買う人はいないでしょうが。

■外付け電源化する
一番安上りで簡単な対策方法はノイズの原因であるトランスをケース外に出すことです。外部に電源ボックス(トランスボックス)を作ってトロイダルトランスを隔離し、本体との間をケーブルでつなぎます。フライバック電源を作ってACアダプタ化するよりずっと簡単で、これなら2000円程度で改造できそうです。課題は電源スイッチで、電源ボックス側にAC100Vインレットを移植すると本体側で電源ON/OFFができなくなります。ラックマウント機器なので、ラック内に電源ボックスもろとも収納した場合に困ります。金属加工の手間も最小限にしたいので、本体のACインレットと電源スイッチはそのままで、新規作成するケーブルにトランスの入力と出力を両方流してみることにしました。

トロイダルトランスの出力3線の電圧は真ん中の茶色い線を中点として両側の黄色い線がAC21.5V位です(AC100V入力時)。電源ボックスからのケーブルを受けるコネクタは5pinのDINコネクタとします。電源平滑用の電解コンデンサー(35V1000uF)2本を抜けば入りそう。


背面基板と底板に固定されている三端子レギュレータを取り外し、トランスの出力3線と電解コンデンサーを取り外します。



レギュレータICと背面増幅部です。ブリッジダイオードの周りのセラコン4個は0.1uFで、その上のレギュレータの根本の2本は47uF/25V、真ん中の黒いSIPのNJM4580L2個を挟んでチャンネル増幅側の上下2本は100uF/25Vで、フォンジャックと抵抗の間にある左右2本が220uF/4Vです。


外した平滑コンデンサーは再利用しました。足が短すぎるので直接配線でその辺へ転がして両面テープで固定しましたが、見た目が悪いのでいつか新調してラグ板に取付けたい(とか言いつつ面倒なのでそのままになるパターン)。


本体背面に現物合わせでDIN5pinコネクタ用の穴を開けました。



スイッチとACインレットからの配線を切ってDIN5pinジャックへ配線し、底面基板のトランス配線を外した所からも配線します。コネクタ周りの配線が窮屈になるので熱収縮チューブによる絶縁加工が必要です。



電源ケーブルは富士電線工業の5芯VCTF(0.5sq)です。長さは1.5mほど。これをDINプラグに配線しますが5pinDINプラグに0.5sqはやや太すぎました。こちらも熱収縮チューブによる絶縁加工が必要です。



ケーブルが出来たので仮配線で通電してみましたが全チャンネルにノイズが乗ります。やはり入力側のAC100Vと出力側を両方5芯ケーブルに詰め込んで引きまわすと駄目なようです。AC100Vをトランスボックスへ直接配線するとノイズが出ないので、諦めてACインレットは電源ボックス側へ移植します。

■外部電源ボックスの製作
外部電源ボックスのケースは摂津金属工業CO-55Wです。トランス隔離用なので本当は全体が鉄板のケースが欲しかったのですが加工の難易度が嫌われるのか最近あまり見かけなくなりアルミ製です。


本体に付いていたACインレット(ヒューズボックス内蔵)を移植するので36mm間隔でM3ネジの取付穴と縦32mm横28mmの穴を開け(アルミは楽だなあ~)、インレットを移植。


トランスのゴムシートや取付ボルトを流用しケーブルを通して配線しました。白黒2本はAC100V用の名残りで余り線です。


■本体の電源スイッチを交換する
フロントパネルと電源ボタンの黒いプラスチック棒を外し、電源スイッチを取り外します。オリジナルのスイッチはSPST(単極単投)のラッチ付き(セルフロック)プッシュスイッチで取付穴(M3)の間隔が20mmです。これをDPST(双極単投)のスイッチに交換してトランス出力の2つのAC21.5VをON/OFFします。こういうスイッチは昔のオーディオ製品やテレビでは良く見るので簡単に手に入ると思っていましたが、リモコン対応でスイッチが弱電化したせいか、SPSTこそミヤマ電器のDS680K-Sが秋葉原で手に入るものの、DPSTは店頭で発見できませんでした。


インターネットで検索すると、"KDC-A04-02"という型番のものがぴったりに思えました。この型番で複数のメーカーが互換品を作っているようで、見た目や寸法が多少異なりますが、取付穴の仕様は同じと思われます。


amazonやeBayで買えますがamazonで何度か利用したことがある販売店で購入しました。1個買っても3個買っても値段が同じなので3個購入。中国発送なので時間がかかり、待つこと約1か月で到着。


あれ?予想より大きいな。



オリジナルのスイッチと同じ位置に取付けられるように象の耳のような部分に下穴を開けM3のネジ溝を切りました。


穴さえ開けられれば耳は削らずに取り付けられます。


DINコネクタと背面基板の間の配線を延長してスイッチを挿入。FGアース線を背面基板から新しく取り直し、動作チェックの上で元通りに組み立てました。


■工作の反省点
・外部電源ボックスと本体の間のケーブルとコネクタは3芯で良かった。XLR3pinコネクタだと音声線と間違えて挿してしまう可能性があるのでヤマハのアナログミキサーのように無線マイク用の3pinコネクタ等を使えば良いと思う。

・最初からACインレットを電源ボックス側にする前提であれば、元のインレット穴をふさぐ板にケーブルのコネクタを取付けできたので、コネクタも余裕を持って付けられたし本体ケースの穴あけや平滑電解コンデンサーの取り外しも不要だった。

・元配線の見た目の太さに引きずられてしまったが、30W機器で三端子レギュレータがLM740T5(1A)と7905(1.5A)であることを考えると配線は0.3sqでも良かった。元配線も切って中を見てみると外被膜が厚いだけで線はさほど太くない。

・DINコネクタのはんだ付け後、外周金属板で5芯VCTFの配線を締めた際に板と配線が短絡してトランス出力の1本がFGに落ちてしまった。被膜があまり強くないようなので締める前にビニールテープで養生したほうが良かった。同じ改造をする場合、通電後トランスに触って熱さを感じる場合はどこかが短絡してますのですぐコンセントを抜いて調べてください。

・頑張れば電源ボックス内にACラインノイズフィルターを入れられると思う。

■試聴
当たり前ですが下の写真のように電源ボックスを本体の上に載せて使うと改造の意味が無いので実際に使う際は離れた場所に設置します。最大音量にしても全チャンネルハムノイズの無い綺麗なホワイトノイズで、改造前の音と比べるとストレスが無くなってとってもスッキリ!!これなら使う気になります。


用途が用途なので音質はそこそこです。全体にシャッキリ系で長時間聴き続けるには若干耳に痛い。しかし各ch毎に選択可能な完全バランスのステレオ入力が2系統あって背面からも出力が取れるのでヘッドホンアンプの用途を越えた様々な使い道が考えられます。音質向上を狙って改造しようにも、SIPの4580Lはリプレース可能なより高音質なオペアンプが無いのでそのままでしょう。メインボリュームの裏にある4580は電流容量に同程度の余裕があるものならば貼り替えもありか。個人用途なら各chに別々の銘柄の電解コンデンサを取り付けて気分でヘッドホンを挿すchを選ぶ、なんて変態改造も???

本記事を参考にした修理や改造は自己責任でお願いします。

■後日談
その後さらに2台メンテすることになりました。最初に改造したものは初期型?らしく、後日見たものはトランスと前面基板の間に鉄板が挿入され、5〜8chの配線がシールド線になるノイズ対策がなされていました。



しかし根本的な解決にはなっておらず、ハムノイズの量は少なくなったものの混入はしていました。トランスの個体差によってはこれでノイズが消えたものもあったのかもしれませんが。

最初に改造した際に雑に処置していた平滑コンデンサーは新品に交換しました。


(がんくま)