まあ何でも良いんですけど、それだと身も蓋も無いので。このご相談は今まで何度か受けていて、ぶっちゃけ「歌を録りたい、セリフを録りたい、楽器を録りたい、屋外で電車の音を録りたい、ネットで配信したい、ビデオ会議の音質上げたいetc.」といった質問者が求めている用途によって回答が変わります。今回はそのように用途を限定せず、録音や音響に興味を持つようになってなんとなく最初の機材が欲しいのだけど、という漠然とした状況を想定した話。個人の持論にすぎませんがご容赦いただけますと幸いです。

■最初の最初の1本
何も機材を持たない初心者から「最初に1本マイクを買うとしたら何が良いですか?」と聞かれると、私はBEHRINGER XM8500(3,980円)を推しています。

XM8500


推す理由は典型的なダイナミックマイクで値段の割に音質が良く頑丈で、後に他のマイクを買ってもMC用や効果音録音用(高価なマイクを投入するのに躊躇するような場合もあります)に使い道が残って無駄にならないからです。このジャンル「ステージパフォーマンス用のダイナミックマイク」の永遠のベストセラーはSHURE SM58(12,500円)で、これはこれでやはり信頼性も高く音も良く素晴らしい製品です。XM8500はSM58をベンチマークした製品と思いますが初心者としてはXM8500のほうがずっと買いやすいですね(驚くべきことに円高だった数年前までは1,780円で売っていた)。

SM58


歌やMCに使う見込みがなく楽器や効果音を録る機会のほうが多そうなら、SM58よりも更にオールマイティーに使えるSHURE SM57(12,109円)も推します。インストアライブやFMラジオのゲスト演奏等の楽器録音にはこのマイクが良く使われます。風防を付ければ声も録れます。

SM57


ある程度実務経験のある方はおわかりかと思いますが、単体のマイク自体の周波数特性・感度の優劣と、そのマイクで録音した声が放送波やネット動画などで配信された先のテレビ受像機やパソコンのスピーカー、安価なイヤホンから聞こえる時の聞きやすさや話の内容の明瞭度は一致しません。自分のヘッドホンやスピーカーで聞いた時により高音質な良い音がするマイク=視聴者が聞きやすいマイクとは限らず、防音されていない部屋鳴りや雑音の多い場所からの配信用としては今でもこの手のハンドマイクを口元に寄せて録るのが最もハッキリ聞こえる結果になる場合が大半です。ニュース映像に出てくる記者会見の現場で、次に紹介するラージダイアフラムのマイクが使われているのを見ない理由です。

■コンデンサーマイクが欲しい

スタジオの写真でこのような縦型のマイクを見たことがあり、声優や歌手の声はああいうマイクで録るもの、と漠然と思っている方もいるでしょう。専門的には「サイドアドレス型ラージダイアフラムコンデンサーマイク(LDC)」と言い、ダイナミックマイクより感度が高くて小さく繊細な音も拾えますので実際にスタジオで使っています。

こういったスタジオ用マイクを買う際に意識しておかないといけないのは、感度の良いマイクは静かで反響の少ない部屋で使わないと余計な音も拾いますし、周辺機材にもグレードの高いものを要求しますので、宅録用途だとマイク単品だけ高級品を買っても片手落ちでトータルクオリティが上がらない点です。最初の1本というよりは前述のXM8500のようなマイクを買って次の2本目かなあ、とも思います。それでも声優志望の方が自宅練習用に、またエンジニア志望の方が歌や朗読やシチュエーションドラマで声を録りたいから、と「最初にコンデンサーマイク(ラージダイアフラム)を買いたいのですが何が良いですか?」と聞かれることもあります。個人的にはAudio-TechnicaのAT4040(34,800円)かMXLのMXL2003A(20,800円)を推しています。

AT4040


MXL2003A


この2つのマイクの良い所は常に初心者需要があって中古の価格があまり下がらない点です。録音初心者が2~3年使って録音を覚え、その段階で売り払って次のマイクを買うとしても、オークションで売ればそこそこの値段で必ず売れます。買った値段と売った値段の差額を考えると実際に費やしたお金は年間3〜4千円に過ぎません。そう考えると異様にコスパが良いマイクです。AT4040にはAT2020、MXL2003AにはMXL-V67GやMXL770という更に安いマイクがあります(AT2020とMXL-V67Gは私も使いました)が、これらはLDCとしては最安値のクラスで中古の値段が上がらないので将来的に売却すると考えると意外とコスパが良くありません。使い潰すつもりで買いましょう。

AT4040の音は地味に聞こえるかもしれませんが、しっかりとマイキングしないと良い音で拾いません。声優やヴォーカルであればマイクのスイートスポットにしっかり声を当て続ける技術が要り、少し向きが変わると録り音が変化してしまいます。これと比べると同じジャンルのマイクの中で最も有名なNeumann U87ai(410,311円)は少しばかり芯を外れていてもそこそこの音で録れてしまうので、初心者エンジニアや初心者声優がどちらを使ったほうが技量が上がるかは明白です。

U87ai


U87aiは誰もが認める良いマイクですが、マイクだけ高価なものをポンと買っても前述のように周辺機材や録音環境、録る人の技量が追い付いていなければ宝の持ち腐れになります。こんな高い機材を使ってこの程度の音でしか録れないのか、では本人の評価も下がってしまいます。録り音が悪いのをマイクのせいにして次々買い換えるよりも、AT4040のような素直なマイクで「良い音になる録り方」をじっくり研究するほうがスキルアップできます。MXL2003Aも同等価格帯の製品の中ではRODEのマイクより高域の癖が少なく、より安価な低位機種より密度がありつつ素直な音で後加工がしやすい良マイクです。落ち着いた外観でマイクに詳しくない人から「このマイク本当に大丈夫?」と不安に思われる可能性が低いのも利点です。

■最初から2本欲しい
オーディオドラマやボイスドラマでは「掛け合い芝居」を自然に録るために同じマイクを2本以上使って録音するのが一般的です。しかし前述のAT4040やMXL2003Aであっても2本買うと結構な金額です。仲間同士で同じマイクを1本づつ買って録音の時は持ち寄るとか借りるとか工夫できれば良いですが、1人で2本買うのは躊躇してしまうのではないでしょうか。そんな時、第3の選択としてスモールダイアフラムのコンデンサーマイク(SDC)、いわゆるペンシルマイクはいかがでしょうか。


このジャンルのマイクの定番品としてはAKG C451B(1本57,300円)やSHURE SM81-LC(1本52,900円)がありますが、最初の万能マイクとして買うには高価なので、入門用として検討できる安価な製品はMXL CR21 pair(2本セット14,800円)になります。これならラージダイアフラムのマイクを1本買う値段よりも安く2本買えますね。

MXL CR21 PAIR


CR21 Pairは厳密には特性を合わせたステレオペアではないそうですが、オーディオドラマのセリフや効果音を録るなら問題にならないでしょう。スポンジ風防が付いてこないので別途購入が必要です。

C451B


SM81-LC


スモールダイアフラムのマイクはラージダイアフラムのマイクと比べると振動板が小さいので低音に弱く高音に強い、吹かれに強い、等価雑音レベルが高い(ややS/N面で不利)といった特徴があります。澄んだ高音など金物系の録音に強いのでドラムのハイハットやシンバルの録音に使われます。CR21は新しい製品で同等製品の中では比較的低音まで拾いますしローノイズです。コンデンサーマイクなのでXM8500やSM58のようなダイナミックマイクより感度が高く、少し離れたオフ目の音でも良く拾います。

個人的にオーディオドラマのセリフはヴォーカル録音よりもややオフ目で録音したほうが良いと思っています。日常生活で話相手は目の前10cmや15cmでは喋っていませんし、すべてのセリフを近い距離で録ると、いざ演出上必要な時に近寄る芝居が効かなくなってしまいます。近年のアニメやボイスドラマではやたら近目の(オンマイクでの)声収録が一般化しているので、残念ながらこれに慣れてしまったリスナーやディレクターが増えてしまいました。息芝居・囁き系、舐め音などの目の前っぽい近い音のリアルさを捉えるなら確かにラージダイアフラムのマイクのほうに分があります。しかし音声シチュエーションドラマ作品で流行の「バイノーラル録音による耳舐め」はスモールダイアフラムで録っていますから(ダミーヘッドマイクはすべてスモールダイアフラム)、音的にあれが良いと思えるならペンシルマイクでも何も問題は無いはずです。

ペンシルマイクは軽くてマイキングもしやすく(セリフ録りで吹かれる場合は真正面や斜め下から口元を狙うのではなく、斜め上から口元を狙ってみて下さい)、効果音や楽器の録音にも使えるし、2本持っているとステレオ録音やピアノ録音(高音部と低音部で2本マイクを使うのが一般的)もできます。しかし手で握るような用途ではグリップノイズが入りやすいので、ステージパフォーマンス用のマイクとしてはダイナミックマイクのほうが向いています。機材にお金をかけられないが、最初に2本マイクが欲しい人のチョイスとしてはありだなと思います。

■ショットガンマイクが欲しい
最後にガンマイクです。今までの3種のマイクに比べると特殊で、他のマイクにはない狭指向性を生かして屋外で人の声や鉄道の音を録りたい、といったように欲しがる人の用途が限られます。なので一部の人々を除き最初に買うマイクにはなりにくいです。「最初に買うガンマイクは何が良いですか?」には結構答えるのが難しい。そもそも入門用の安価な製品がほとんどありませんし、マイク本体とは別に防風用のウインドスクリーンやグリップ(ショックマウント)、ブームポール等にも投資が必要なので、初心者が買う最初のマイクとしては高価になりがちです。

定番品はSennheiser MKH-416P48(123,800円)ですが完全な業務用製品で高価です(それでも以前の半額位にはなっています)。丈夫で長持ちするマイクなので、最初からこのマイクで一生食っていくと決めれば買って損はしませんが、どんなものだか知りたいな程度の方にはオススメしづらいです。

MKH-416P48


これより廉価かつ新品で買える製品はSennheiser MKE600(39,200円)、またはRODE NTG-1(39,640円)ですが、これらもやや高価でガンマイクとしては中庸の性能です。

MKE600


RODE NTG-1


入門用として中庸の性能の品を買うなら、割り切ってSONY ECM-670/671/672/673(32,660円)の中古品を買うと良いと思います。これらは長年業務用ビデオカメラの付属マイクに使われ数が出回っていますので中古価格が安く1万円程度で買えます。中距離録音用ガンマイクとしては平均的な性能でMKH-416P48と比べると指向性が緩いですが、中国製の安物ガンマイクを買うよりも高品質です。後に仕事用にもっと良いマイクを買ったら予備マイクにすると良いでしょう。また、もし中古で動作品が入手できるならSANKENのガンマイクも高性能です(明瞭度の高い音がします)。

SONY ECM-673


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筆者自身が最初に手に入れたマイクはAIWAのDM-68Aというダイナミックマイクで、昔、アルバイト先の放送局で廃棄される時にタダで譲り受ました。現代はこれより高性能なマイクがたくさんありますが、良い出会いだったと思います。30年経った今でも使おうと思えば使える品質で音が録れます。SHURE SM58と比べると近接効果と指向性が緩やかでナチュラルな音です。

AIWA製マイクロホン CM-12 / DM-68A 録音音質の比較 - YouTube



初心者にも買いやすいマイクということでコスト面を切り口にしましたが世の中には沢山のマイクがあってそれぞれに個性があります。皆様にも自分を育ててくれる最初の1本のマイクとの素敵な出会いがありますように

※文中の価格は2023年9月時点のインターネット検索値です。

(がんくま)