こんにちは。

Private PR部・吉村です。

 

10年間さいとうクリニックに通院されているTさん(男性55才)に、インタビューを行いました!

 

 

父親に逆らい塾をやめたら、強迫性障害がひどくなった

吉村)Tさんは10年間さいとうクリニックに通われているんでしたね。Tさんが参加されているプログラムを教えてください。

T)今は主に週に4日、Dr.斎藤ミーティング(さいとうクリニックのデイナイトケアプログラム。こちらの記事をご参照くださいhttps://ameblo.jp/saitoclinic/entry-12333215205.html)に出ています。最初は全てのプログラムに出ていたんですが、通っているうちに、斎藤先生から「月に数万円稼げ」と言われて、月曜から金曜まで夕方5:30から2〜3時間働くようになったので、今はDr.斎藤ミーティング以外には出ていません。

 

吉村)Tさんはどのようにしてさいとうクリニックに繋がったんでしょうか?繋がる前のことを教えていただけますか。

T)小学校に入る前から強迫性障害の症状があり、机の上に文房具をきれいに揃えて並べたのを覚えています。父親が私を、とにかく浪人させずに実家から通える国立大学に入れよう、中学もいい学校に入れようと躍起になっていました。しかし、塾も近くになかったので落ち、それ以後中学の授業が終わったら塾に直行し、夜の10時に帰宅する生活が続きました。中学3年生になり、さらに塾の勉強時間が増え耐えられなくなった頃、ちょうど父親と同じくらいの背丈になり、「逆らえば殺す」という殺気を常に放っていた父に、生まれて初めて反抗することができました。塾をやめ、自由な時間が出来た時、強迫性障害の症状がどっと現れました。それまでは現れる暇がなかったんだと思います。高校を出た後浪人をしました。その時も苦労しました。「なんで紙は長方形なんだろう?」といった、目の前の勉強と関係のない疑問が頭から離れないのです。そんな時、森田療法の本に出会い、「これは自分のことだ!」と思いました。その本には、「通院ではなかなか治らないが、入院すればすぐに治る」と書かれていました。しかし、保険がきかず、当時で1日1万3千円と高額だったので親に「出してくれ」なんて頼めずにいました。そして3年間、浪人した後、ある三流大学に入ったのですが、そうこうしているうちに留年が決まってしまい、このままじゃダメだと思い、親に頼み込んで88年5月に森田療法の病院に入りました。入った当初は、これで救われるんだろうと思っていました。しかし、退院期限の100日が近づいて来ても一向によくなる兆しが見えません。「あっ!」と気がつきました。本には、治った人のことしか載っていなかったのです。父親には「散々カネ使わせやがって、治っていないじゃないか」と怒られました。「森田療法しかない」と思っていて、そこでもダメだったので、私は絶望しました。(注:Tさんの個人的感想です)

 

服薬なしで通院

 

吉村)決死の思いでつながった治療が報われず…

T)はい。大学は、8年間かかっても卒業できず、92年3月に除籍されました。そして、96〜98年頃に読んだ本多勝一の『子どもたちの復讐』という本に斎藤先生が書かれた『アダルトチルドレンと家族』が紹介されており、自分のことだと感じました。それでその本を読んだところ、治らなかった人のことも載せてあり、そこに斎藤先生の誠実さを感じました。そこで、その本に載っていた日本アダルト=チルドレン協会(現在は既に解散)に電話で問い合わせてみると、「生活保護を受けながらさいとうクリニックに通っている人が大勢おられますから、あなたもそうされたらいかがですか」と勧められました。当時大阪にいたので、引っ越そうと思い、6年間かかってカネを貯めたところ、父親が病気になってしまい翌年亡くなりました。そして、父が溜め込み症だったため、150坪くらいある家がゴミ屋敷と化しており、その片付けに1年以上かかってしまいました。ようやく引っ越したのが2007年7月です。

 

吉村)その時から、通院し始めたんですね。

T)はい。天下の名医斎藤学の手にかかったらすぐに治るだろう、さいとうクリニックはこの世の楽園だろうと期待していました。そうしたら何にも変わりません。しかし、20歳の頃、私は野良犬や野良猫を殺していたし、後(97年)に、神戸の少年A事件を知って自分とよく似ていると思いました。「楽に殺せそうな対象はないか」と見回し、人間の子どもに目が向くようになっていたので、これは危ないと思っていました。さいとうクリニックに通い始めた頃、Dr.斎藤ミーティングで、皆にそんな経験をありのままに話しました。一つ間違えていたら、本当にやっていたかもしれないと思います。

 

吉村)斎藤先生は、皆の前で恥ずかしいことや言いたくないことを喋りなさい、とよくおっしゃいますよね。Tさんは、週に4日さいとうクリニックにいらっしゃっていますよね。10年間、さいとうクリニックに通い続けている理由を教えてください。

T)他に行くところがないからです(笑)。ここに来ることがこれ以上悪化させない薬かな、と思っています。薬の処方はされていないので。斎藤先生との診察とミーティング療法で話しています。薬は一切使っていません。治っているとは思えませんが、ここに来続けているのは、一応、あの人(斎藤先生)を信頼しているからです。あの人の言うことを聞いていたら悪い方にはいかないんじゃないかって思っています。他にもっといい医者がいて知っていたらそっちに行くんだけど。

 

斎藤先生を信頼するのは、失敗を認める医師だから

吉村)どんなところから斎藤先生は信頼できると感じられているんでしょうか?

T)21〜22歳の頃に初めて精神科医に出会ったのですが、それ以来出会ってきた精神科の中で一番マシかなと思っています。それは、斎藤先生が失敗を正直に認めておられるからです。ここに通い始めて10年の間に自分が知っているだけでも4人の患者が自殺しました。長いこと通っている患者が多いので、そういうことがあるとわかります。森田療法のように100日で退院させられてしまったり、駅前クリニックのように患者仲間と交流がないと失敗が見えないですが。でもこのクリニックでは10年選手もザラだし、自分も10年通っていますから。

 

斎藤先生は、秋葉原連続殺人事件や座間のような事件を、何件か(未然に)防いでいる

T)精神科では、失敗例は自殺として目立ちますが、自殺や殺人を思いとどまっている人は見えません。斎藤先生は、秋葉原や座間で起きた殺人事件を、ここで開業していることによって何件か防いできています。自分もそうでした。一方で、患者仲間には、良くなってる人もいます。引きこもり同士で出会って結婚したなんて素敵な話だと思います。ここにはそういうカップルが何組もいるんです。

ここは、斎藤先生に優しい言葉をかけてもらうところじゃありません。いわゆる駅前クリニックは数分間診察して処方箋を書いて終わりです。駅前クリニックだと医者は患者を集めるために優しい言葉をかけざるをえなくなります。でも斎藤先生は、患者に優しくすることによって患者を集めようとしておられません。それも斎藤先生を信頼している理由の一つです。ガツンと言うべき時はガツンと言う。例えば、動物を殺したことを話したら、「我慢が足りねえんだよ」って言われました。そんなこと医者で言う人いるのかなと思いました。「皆さん(患者さん)は飛行機の操縦士、私は航空管制官です」って斎藤先生はよくおっしゃいます。ひょっとしたら管制官が失敗して飛行機が墜落する場合もあるかもしれません。斎藤先生は神ではありませんから。他の患者さんから「あんたは斎藤先生の信奉者だ」と言われ、「へえ、そう見えるのかなあ」と思ったことがあります。しかし、ここにはドグマはありません。斎藤先生を信仰しなくていいのも、ここのいいところだと思います。

 

吉村) Tさん、どうもありがとうございました!!!!