昔、10年以上続けたアルバイトがあって、それはファミレスだったのですが、僕にとってそこのバイト先の先の控え室はとても大切な場所だったのです。

僕が行っていたバイト先には色々な人が集まっていました。

学校に通いながらバイトをする、学生のバイトさんが多かったのですが、劇団に所属する人、音楽活動をしていた人、いつもきんぴらごぼうをくれるおばちゃん、初めての彼氏に食われなかったカレーをタッパーに詰めて泣きながら「このカレーを成仏させてくれ!」と頼むOLの人もいました。僕はずっと「お腹が痛い。帰りたい」と言っている年下の同僚が大好きでした。

なんとなく、僕らは様々な人達が集まる控え室のなかで

「他人の人生に対して必要以上に詮索しない」

という暗黙のルールを作っていました。

ある時、いつも鼻毛が飛び出してソワソワしている男子学生が控え室で絶叫しました。

「俺、モテたい!もう我慢できない!」

って。「何が我慢できないのか」は誰も優しいから突っ込まず、そして、誰も彼の叫びを鼻で笑いませんでした。

あるレベルに達していないであろう人が口に出した願望。

そういうのは「何言ってんだよお前」と笑える権利があると多くの人達が思っています。

その「モテたい!」と叫ぶ彼の話を聴く僕らも、百貨店で洋服を一度も買ったことがないグループだったから、何とか彼にモテて欲しいと願いました。僕は「なんか、コロナビールを瓶で飲む人はモテるよね」と、当時必死で集めた情報を彼に渡しました。

その数日後、合コンで酒を瓶で一気飲みした彼が救急車で運ばれたという報を受けました。

なんか、僕は今でも「あそこにあった風景」が好きなのです。終わり。