仕事の合間のリフレッシュ | MASABIYORI~政日和~

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自由人です。でも周りの目は気にします。B型です。

こんにちは!いつぶりの更新でしょう!?

なんとか元気でやってます!年末年始にかけてちょっとだけ仕事忙しくなってきてるのでまた低浮上ぎみになるかと思いますが、本人は生きてますのでご心配なく!!


それはそうと、今日は中学校の頃からの親友と『屍者の帝国』を観に行ってきました!


実は今回が二回目の鑑賞です。一回目の鑑賞で不明点が多すぎたので、原作小説を読んでからもう一回見に行ってきました。

こちらの作品は、ノイタミナの劇場化企画作品で、伊藤計劃さんという方の『虐殺器官』『ハーモニー』『屍者の帝国』の三作品を劇場アニメ化する、というプロジェクトです。(三作品とも世界観・登場人物・制作会社は全く異なります)

残念ながら伊藤さんご本人はデビューから数年で亡くなっているそうで、今回私が観た『屍者の帝国』は冒頭の30ページが、伊藤さんの遺作となったとの事です。

冒頭の30ページ以降は、生前の伊藤さんと親交があった作家の円城塔さんによって引き継がれ、完成させられたものという、なんとも生い立ちからインパクトのある作品です。


今回はこの作品の紹介をば...
偽りの魂の情報を記録した「擬似霊素」を死んだ人間にインストールすることによって、一応の「屍者の蘇生」が可能となった世界が舞台となっています。戦争における戦力や、産業における労働力となるよう開発・改良が進められ、「屍者」は世界経済的に欠かせない存在となっている、という設定です。
しかし「屍者」にインストールされるのはあくまで「偽りの魂」であり、蘇生した「屍者」には自我や、生前の記憶が戻っているわけではありません。ただ黙々と何の感情も無く与えられた作業をこなす「動く屍」です。

物語の世界では、人間が死ぬと、体重が21g減少する事が確認されており、それが「魂の重さ」である、と考えられています。
主人公のワトソンは、ロンドン大学で医学を学ぶ傍ら、尊敬する親友フライデーと共に、「21gの魂」の存在を証明しようと日夜研究を続けています。

ところが、フライデーは志半ばにして、病で亡くなってしまいます。

個人が「擬似霊素」を解析し、屍者を生産する事は犯罪であり、事が露見すれば懲役刑は免れないと認識していながらも、ワトソンは「自分の死体を屍者化し、21gの魂の存在を証明しろ」というフライデーの遺言通り、彼の理論を証明する為、そして自分が尊敬する親友に再会したい一心で、フライデーを屍者化します。

「擬似霊素」は正しく機能し、フライデーは「屍者」となりますが、やはり他の「屍者」同様、自我や生前の記憶は戻らないままです。

違法行為が政府の諜報機関に知られてしまったワトソンは、かつて唯一「完全な蘇生」に成功したヴィクター・フランケンシュタインの研究書、通称「ヴィクターの手記」を手に入れる任務を請け負うかわりに、懲役刑を免除する、という取引を持ちかけられます。

ワトソンは「ヴィクターの手記」の情報に、フライデーの「完全な蘇生」への希望を見出し、手記を探す旅に出ます。


と、こんな感じなんですが、原作ではワトソンとフライデーが親友という設定がないので、映画のワトソンの方が旅の動機がはっきりしていて見ていて納得がいきました。
あと原作は結構淡々と進んでいくんですが、映画はかなり叙情的に描かれていて、終始切ないし物悲しいです。

これだけだと原作がつまらないかのような書き方になっちゃってますが、原作は原作で面白いです。
個人的には原作のワトソンの方が気に入ってます。物語の語り部としてつねにいるので、地の文のそこかしこにワトソンの人柄が現れてて面白いです。
映画は映像作品としての、原作は紙媒体としての面白さを追求している、という印象があります。

レヴュー等見るとかなり賛否両論な作品です。原作読んだ自分としては、主人公とフライデーの交友関係が設定に加えられたが為に少し(かなり)ややこしくはなっているものの、120分の映像作品としてはいい具合に物語に一貫性と推進力と人間味が増して、とても好きな感じでした。

伊藤さんの作品は冒頭に書いた通り三部作です。『屍者の帝国』は今やっているのが再上映なのでもうやっている所少ないんですが、二部目の『ハーモニー』は公開中、三部目の『虐殺器官』も公開延期されたものの2016年中に公開だそうなので、興味のある方是非是非見てみてください!


久々に長文でもう集中力が・・・

そういえばそろそろ年賀状も書かねばなりませんね。
明日もお休みなのでお絵描き三昧しようと思います!

ではでは!