秩父は絹の街でした



私の母方の祖父母と伯父は、おかいこを飼っていて繭を作っていました


私の父方の伯母は、製糸工場に嫁ぎました


私の母は、中学を卒業してから、結婚するまで伯母の嫁ぎ先ではないですが、製糸工場で働いていました

私の父方の祖父は織物工場を営んでいました


私たち夫婦のライフワークである、秩父屋台囃子が演奏される秩父夜祭は、別名『おかいこ祭り』といいます

養蚕(ようさん)が盛んだった昔、冬になると、絹の市が立ちました

遠方からの買い付け人を接待する為に、秩父夜祭が豪華絢爛になっていったそうです

改めて整理してみたら、身内は、絹に縁のある人ばかりでした

そして、今日、真綿が私のところに来ました(長年しまわれていたので、ヨレヨレですが…)
大きさの比較の為に冷えとり靴下五枚の私の足と共に撮りました
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冷えとり靴下をチクチクしていたら、母が来たので、絹糸を持っていないかと、たずねたら、真綿の話しまでたどり着きました



おかいこさんが作った繭を煮て、絹糸をひくのですが、出来の悪い繭は、煮た繭をそのまま引き伸ばして真綿として使ってようです

おかいこさんにはかわいそうな話しですが、繭の中におかいこさんがいる状態で煮ていきます
でも、自然のままだと、成長して繭を破いてしまうので、出荷の時点で、お亡くなりになっているのかもしれません

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端っこをはがすと、ざっと20枚になります

この一枚の真綿は、20個の繭を重ねたものです



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実家に20枚ありました

母情報で、父方の伯母(元製糸工場)の家には、まだたくさんあって、少しずつ農協で売っているとのこと

すぐに、全部買いたいと連絡しました



以前、テレビで真綿の布団作りを見たことがありました

この小さな一枚を、二人がかりで、布団の大きさに伸ばして重ねていきます 
すご~く伸びます
でも、何しろたくさんなので、一枚の布団に何時間もかかっていました
お値段は、30万円以上でした

その時から、いつかは真綿の布団を手に入れると決めていたのですが、30万円ではだいぶ先かなと、思っていました


まさか、自分で作ることになるとは思っていませんでした


幸い、片付けは苦手ですが、この手の作業は大好きな母も乗り気です


お店で使っている施術台用の敷布団は、祖母作ったものを、母が直してくれました

その時にも、この真綿を使ったそうです

綿の布団の一番表面に真綿を使うと、かたよりが防げるそうです




布団作りなんて、子どもの夏休みの研究にもなりそうですね

しっかり記録を撮ろうと思います



ぐぅぐぅ読んでいただき、ありがとうございましたぐぅぐぅ


おのだはるな