『この素晴らしき世界』と実家の毛布 | 拝啓、ステージの神様

拝啓、ステージの神様

ステージには神様がいるらしい。
だったら客席からも呼びかけてみたいな。
観劇の入口に、感激の出口に、表からも裏からもご一緒に楽しんでみませんか。

拝啓、ステージの神様。


「でも」とか「だって」と思ってもいいんです、よね。



ペテカン20周年記念公演第2弾 「この素晴らしき世界」。


「家族って面倒くせぇー!」
これは、チラシにも劇中にも出てきたフレーズだ。

そうだ、そうなんだ。いつもはあまり気にかけてもいないけれど、

よくよく考えれば家族って面倒くさい。



律、奏、音色は、兄、兄、妹の三兄妹。

その名前の付け方にばっちり、がっつり親の思いが込められている三兄妹。

物語は、その末の妹の結婚披露宴の最中におこったある出来事をきっかけに進んでいく。


兄にもそれぞれつれあいがいて、親族もいて、参列者もいて、いろいろいて・・・・・・。

いくつもの家族が見え隠れしながら物語は進んでいく。


本当に偶然なのだけれど、この兄弟構成には馴染みがある。

兄、兄、そしてちょいと離れて妹。

歳の近いに兄2人は、性格があまり似ておらず、仲が悪いわけではないけれど、特にいいわけでもない。


兄妹それぞれ、適当に年齢を重ねていけば、しっかりしていると思っていたのに、案外詰めが甘いとか、

ちゃっかりしていると思っていたのに、結構かっちりしているとか、

長所も短所も見え、尊敬も軽蔑も感じたりしてきて、うん、確かに家族ってちょっと面倒くさい。


ついこの間も、兄と電話で話をしたときに、

「弟とは男同士で歳も近い、でも、だから今さら言葉で相手を気づかったり、最近調子はどうだ?なんて

改めて聞いたりはしない・・・・・・」

なんてことが話題に出た。

ふーん、そういうものか、ちょっと面倒くさい、と妹は思ったわけだ。

 


話を舞台に戻そう。

物語の中で、見え隠れするいくつもの家族たちは、それぞれちょっとした悩みも抱えている。

でも、だからといって彼らは、日々、凹んでいるわけでもない。

悩みの深さや感じ方も、日替わりだったりするから

あきらめちゃったり、笑い飛ばしちゃったり、誰かのせいにしたりして過ごしているのだ。


それが証拠に、物語のなかにいくつも仕掛けられていた笑いどころや泣きどころに

十人十色の観客は、それぞれのツボで反応した。

「ブハッ」と鼻を鳴らしそうな勢いで笑っちゃうセリフや動きもあれば、

「笑えねぇ~」と、シリアスになったりする人もいたはず。

もちろん、そうした家族をもっと俯瞰しながら見て、「フーン、そうなんだぁ。そういうものかぁ~」と感じた人もいたに違いない。


そして、結局「家族って面倒くせぇー!」と思いながら、真田家の披露宴の行く末を見守った。

でも『この素晴らしき世界』は、そこで終わらない。


「家族って面倒くせぇー! でも・・・・・・」


でも、の後の・・・・・・は、観た人が考えること。


「家族って面倒くせぇー! だから・・・・・・」でもいいか。


「家族って面倒くせぇー! なのに・・・・・・」でもよさそうだ。


舞台『この素晴らしき世界』は、

実家で使っていた毛布、みたいな作品。

あたたかいという機能性よりも、肌になじんでいるという理由でずっと使っていた

実家の毛布みたいな。




観劇時はくれぐれも携帯電話を切ってください。マナーモードでもダメです。

観た方にならこの意味もっとわかりますね?


<公演日程>

2015年10月7日(水)~10月12日(月・祝)

あうるすぽっと