仕事で受け持つ子で、すこし苦手な子がいる。
今度高校生になる中学3年生の男の子だ。
彼は乱暴者でも不真面目でもない。
友達も多く人気者である。
高校に合格した後も、週に1回程度、塾に来て、たまに自分が授業を受け持つことがある。
なぜ彼のことが苦手なのかというと、そこははっきりわからない。
しかし、おそらく彼は自分に対してはあまり好意を抱いていない。
なんとなく雰囲気でわかるのだ。
室長の計らいで、彼に対してはビシビシやるのではなく、塾をペースメーカーにして高校になっても続けるよう指導してほしいとのことだった。
要するに、勉強も大事だが、とりあえず楽しませろということだ。
自分も昔は、よく休み時間に友達と騒いだりしたので、面白い話をして楽しませるのは得意である。
しかし、悲しいかな、ネットもテレビもないので、あまり持ちネタがない。
なので、昔ネットで得た知識を自分の体験談のように面白話としてよく使った。
すると、彼は、最初のうちは笑ってくれたが、自分の話に飽きてきたのか、最近そうそう笑わなくなってきた。
話がワンパターンなのか悩み、多少デフォルメしながら話をした。
しかし、今日はとうとう冷静に突っ込まれた。
まず、「先生って、見かけによらず若いよね」と言われた。
それを聞いて、最初よくわからなかった。
続けざまに「先生の話って、みんな嘘くさいし」と言った後、
「浅い」と言われた。
あまりのショックにとっさに返答できなかった。
彼がはじめに言った「若い」は、「若さ」ではなく「幼稚さ」だろう。
「お前は幼稚だ。」と言えば当然角が立つ。
ましてや、相手は一応先生なのでオブラートに包んで、「若いね」と言ったのだろう。
「若い」は褒め言葉でもあるから、暗に「幼稚」だという意味でも、そこは推して知るべしで、すぐ受け止めるべきだった。
しかし、そんな簡単なことに気付かなかった自分を見て、彼は落胆し、よりストレートに言い直したのだろう。
お前は薄っぺらいと。
中学校3年生に自分の底の浅さを指摘されたのだ。
結局2秒間黙って、出たのが「先生をあまり馬鹿にするなよ」という、自分でも胸糞悪くなるくらいのコピペ返答だった。
彼は決して自分を馬鹿にしたわけではなかった。
自分の人格を冷静に客観視し、指摘したのだ。
むしろ、大人ならなかなかできない指摘をしてくれた彼に感謝をしなければならないくらいだ。
しかし、そんな何も悪くない彼に対して、自分はヒステリーを起こすような真似をしたのだ。
その後、自己嫌悪に陥った。
彼はそのまま自分の返答に応酬するでも、謝るでもなく、そのまま黙って机の上の教科書に目を落とした。
そのまま一言も発言しなかった。
自分がネットから拾って作った底の浅い話加え、およそ講師とも思えない言動に辟易し、彼は自分との関係を断絶したのだ。
繰り返すようだが、彼の当初の発言は、自分を慮ったいわゆる後見的な発言である。
彼もそう言えば、KYな自分でも多少は分かると思ったのだろう。
しかし、実態は彼の予期したものを上回るKYだった。
想定外の幼稚な人間だったのだ。
彼は自分が言わなくても良いことを言わないとわからない人間だったということに気が付き、落胆し、改めて指摘した。
真実を指摘したのだ。
そして、考えられないことに、なんと仮にも法曹を目指していた人間が、真実を指摘されてヒステリーを起こしたのである。
もう救いようがない。
そのまま気まずい空気で90分の授業が終了した。
授業後、彼のファイルに授業記録を記入しながら彼の生年月日を見ると、平成8年生まれとあった。
平成8年といえば、自分が30の時である。
大学卒業して2年目、自分が司法浪人を始めて間もないときに生まれたのである。
そんなつい最近生まれたばかりの子供に薄っぺらいと思われたと思うと、悔しくて悔しくてに堪えられなかった。
そして帰り道、いつもの漫画喫茶まで自転車に乗りながら考えた。
思い起こせば、自分は作り話を構成するのは得意でも、不意に突っ込まれると、うまく返すことができなかった。
なんというか、アドリブがきかないのだ。
だから話がいつも一方的になってしまい、相手が話の途中で自分にボールを投げても、返さないまま終わってしまう。
悩み事の相談をされても、「先生が昔○○のとき、~で、大変だった。先生は~」と結局、自分語りで終わってしまう。
相手の立場に立って物事を考えたり、相手の話を敷衍させることができないのだ。
卓越した笑いのセンスを持っている人なら、それでもかまわないだろう。
しかし、いい年して自分が自分がと自分の話しかしない、しかもつまらない。
45歳の大人が子供相手にもつまらない自分の話しかしない。
そう考えると自分の幼稚さに虫唾が走る。