単行本と文庫本 | 有川ひろと覚しき人の『読書は未来だ!』

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※前段として2015年11月14日の記事をご覧ください。

こちらのblogを開設してから、告知に使ったTwitterのフォロワーさんが一気に8000名様ほど増えました。
皆さん、出版・エンタメ業界の将来を心配してくださっているんだな、と心強い励ましをもらった気分です。
同時に、出版界はやはり現状についてのアナウンスを怠ってきたのだなぁという自戒も。
励ましとご教示をありがとうございます。

で、本日のお題でございます。

小説には、単行本と文庫本という形態があります。
この2種類について、読者さんから多いご質問は、「どうして最初から文庫で出してくれないんですか?」ということ。
これについて、概ね回答になるようなエッセイを以前書きましたので、そちらを引用します。
日本銀行の広報誌である『にちぎん』さんに寄稿したもので、読者層的にガツッとお金の話をしてもご理解くださる方が多そうだということから、かなりガツッと書いております。
別にいつでもどこでもあんたお金の話はガツッとしてるだろ、というツッコミは皆さんの心の中で☆
大人の思いやりというものですよ(^-^)/


 先日、書店員さんと話をする機会があった。
 いつも元気な方だが、その日はちょっと疲れているようだった。聞くと、その日発売された人気作家の単行本新刊について「文庫はないんですか」と訊かれたという。
 ここで意外と一般の皆さまには曖昧に認識されている小説の販売形態について説明する。
 まず四六判という判型の単行本が出る(表紙に固いボール紙を使っている本が多いことからハードカバーと呼ばれることもある)。小説における「新刊」とは概ねこの四六判単行本を指す。この単行本が二、三年すると文庫化する。
 つまり、単行本の新刊と文庫が同時に発売されることは、イレギュラーな販売形態なのだ。
 だが、コンパクトであり価格が安いことから、文庫を好むお客さんも多い。書店員さんは「今日、単行本の新刊が出たばかりなので、文庫化は数年先です」と説明したが、なかなか理解してもらえず、最後はお叱りの言葉を賜ったという。
 最初から全部文庫で出してくれたらいいのに、というご意見はよく聞く。それはお客様からすればごもっともだ。しかし、出版社側にも出版社側の事情があることをどうかご理解いただきたい。
 一つの商品でできるだけ長く稼ぎたい・できるだけ利鞘のある商品を売りたいというのが商業上のセオリーだということは、働いている人ならご理解いただけると思う。そして、出版業界もそのセオリーに則って動いていることは、他業種と同じだ。
「でも、最初は高い単行本で売って、後から安い文庫を出すなんてずるい」そう仰る方に思い出していただきたいのは、時間とお金は反比例するという資本主義社会における大原則だ。例えば電車。鈍行は安い。しかし、時間がかかる。移動に時間をかけたくない人は、特急を使う。つまり、時間をお金で買っている。「早さ」というサービスを受けようとすると、その分お金がかかるのである。
 本も同じだ。単行本は高いが、発売と同時にすぐ手に入る。文庫は廉価だが、手に入れるのは数年先になる。
 また、すべての本が文庫販売になったら、新人作家を育てられないという問題もある。
文庫は毎月厖大な数の新刊が出て、前月の既刊と否応なく入れ替えられる。無名の新人がわずか一ヶ月の間に実績を出すのはほぼ不可能だ。とても生き残れない。
 単行本はもう少し融通が利く。文庫に比べれば毎月の発行点数が少ないし、書店員や出版社の「この作品は長く売りたい」という思い入れが反映しやすいのだ。
 未来への投資にはお金がかかる。それは出版業界も同じだ。どうかご理解いただきたい。
作家も出版社も「早く読みたい」「単行本の形で手元に置いておきたい」と思っていただけるような素敵な本を、と鋭意努力しているので、それを汲んでいただければ幸いだ。
 皆さんはご都合に合わせて単行本や文庫を選んでいただければと思う。あなたが新刊書店で一冊本を買ってくださるたびに、出版業界は未来へのご支援を賜っている。新たな人気作家が出るごとに「自分が育てた」と大いに誇っていただきたい。



……とまあ、こういったような次第でございます。
手を変え品を変え、何度もこういう趣旨のエッセイを書いております。継続的な広報が必要なことだと思いますので。
使い回しって、言わない! 同じことを文章変えて何度も書くのは、逆に大変なのです(^_^;)
でもやらねばならぬ、出版のお金の話に関しては。

そんなわけで、単行本と文庫本の関係は、特急と普通電車の関係だと思っていただけると、ありがたいです。
商業サービスにおける「時間」の概念は、時間というものが目に見えないものだけに見落とされがちですが、「早さ」は大事な商品価値です。
また、個人的には「単行本の装丁が一番かっこいい」と思っていただける本作りを目指していますので、その点も付加価値に数えていただけると幸いです。
そして、単行本の発売当日に「文庫は?」と訊かれるのは、書店員さん・出版関係者にとってはかなり心折れることでございますので、何とぞご理解のほどよろしくお願いします(^-^)/

更にぶっちゃけますと、単行本で利益が出なかった場合、文庫化自体がされないという事例もございます。
出版は商業活動でございますので、利益の出せなかった作品が損切り対象になるのは、仕方のないことではありますが、作家としては悲しい事態です。
ですから、
「書き下ろし文庫以外の文庫化は、多くの場合、あくまで単行本があってこそのものなのです」
ということを、お客さまに知っておいていただけると幸いです。

(というか、最近は、雑誌の連載作品の書籍化も覚束ないということさえあるのです……
追い詰められております、出版業界!( ̄^ ̄ゝ

森見登美彦さんがよくご自分のblogで、文庫化について
「大きいものと小さいものを揃えるのは、紳士淑女の嗜みである」
と仰っていますが、ほんとこの方は洒落っ気たっぷり茶目っ気たっぷりにこういうことを啓蒙するのがお上手です。
すみません、私は洒落っ気も茶目っ気もないので、ガチで直球を投げ込むことしかできませんが。
俺の強肩が火を噴くぜ! うぉりゃあっ!

ちなみに、「新刊」の意味で「新書」と仰る読者さんを多くお見かけします。
辞書的な意味では全く間違っていないのですが、出版・書店関係では「新書」という言葉は、判型の一種という意味で使われることが多いです(文庫より大きく、単行本より小さいソフトカバー、いわゆるノベルス版ですね)。
ビジネス書や実用書も、この「新書」という判型が多いことから、ざっくり「新書」と呼ばれることが多いです。

書店さんで「有川浩さんの新書がほしいんですけど」とご質問になると、
「(新書? 有川浩さんって新書出してたっけ?)……ああ、有川さんの新刊ですね!」
くらいのタイムラグが書店員さんや出版社窓口担当者の脳内で発生することがあります(^o^)
おまけの豆知識でした☆

追伸
単行本→文庫の期間は、一般的には2年~3年とされています。
私も、最低2年、できれば3年強を心がけています。
最近は映像化合わせで早めに文庫に落としてしまうことも多いですが(映像化に合わせて文庫が出ると売れるので)、本来的には単行本で売り伸ばせるものは単行本で売り伸ばしたいのです、書店さんも出版社も作家も。
だからこそ、粘れる者が粘らないと、業界は立ちゆきません。
「あれ~? この作品、映像化するのに文庫は出ないの?」という作品を見かけたら、著者が業界のために頑張って粘っていると思ってあげてください(^-^)/
地道に出版不況と戦っている作家さんは、ちらほらいらっしゃいます。
私も、『空飛ぶ広報室』ドラマ化のときに単行本が1年2ヶ月ほどでしたが、版元から文庫化の打診が来て、「早すぎる」と断りました。
結果、単行本で売り伸ばすことができ、書店さんに喜んでいただけました(^-^)