先日、小学校5年生の娘さんを持つママさんから相談を受けました。
「読書が苦手で、読解力が低いことが学校の勉強でもネックになっているので悩んでいる。ライトノベルなど読んで楽しい本で文章を読むことに慣れさせたいので、何かお勧めの本を教えてほしい」
ママさんは大の読書家で、学生時代に私ともよく本の貸し借りをした仲です。
読書が苦手な子に本を勧める、これは責任重大。ここで失敗したら娘さんはますます本が苦手になること請け合い。
さて、ママさんが続けるに、
「新井素子の『扉を開けて』はどうかな」とのこと。
「私も娘の年頃に読んで楽しかったので」というのがチョイスの理由。
ああー、水を飲むように本を読んでいた人というのは、「読書が苦手」という状態が本当に分からないんだなぁ、と大変興味深く思いました。
読みはじめたら面白い物語が惹き込んでくれる、という絶大な信頼が本に対してあるんだな、と。
私も新井素子チルドレンなので『扉を開けて』は大好きでしたが、
「娘さんにはまだ早すぎる」
とストップをかけました。理由は三つ。
・本を読み慣れていないなら、娘さんの素の知識や常識のままで違和感なくついていける物語でないとつまづきを感じてしまう。
・『扉を開けて』は私たちが小学校高学年~中学生当時の「女子大生」が主人公の話であり、娘さんが物語の世界観を掴むには「小5にとってかなり年上の大学生」&「当時の大学生(モラトリアム)のイメージ」という二つの未知についての知識が必要。
・作中で主人公たちが異世界に飛ぶので、「現実→異世界」の知識の変換が更に必要。
娘さんが『扉を開けて』をつまづかず楽しむためには、少なくとも三つの知識の変換が必要になります。
本を読み慣れていない娘さんにはかなり高いハードルだと思いました。
その上で私が薦めたのは、いろいろ迷った上で『グリックの冒険』(斎藤惇夫)です。
おうちでは犬を飼っており、娘さんももちろん動物が好きだし、親しんでいます。
であれば、主人公が動物(かわいく勇気あるシマリス)であるというのは大きなフックになると思いました。
『グリックの冒険』は人間に飼われていたシマリスが自分の生まれ故郷を目指す冒険の物語です。
かわいいグリックは果たして幾多の試練をくぐり抜け故郷にたどりつくことができるのか? というシンプルな冒険の物語は、シンプルなだけに本を読み慣れていない女の子にもついていきやすい引力を持っています。
また、作者が日本の作家なので、グリッグを取り巻く世界観も日本に暮らしている子供がついていきやすいものになっています(外国の作家だと、外国の生活習慣や常識など、物語を構成する基礎知識に「未知」が入ってくる可能性があり、既に本に苦手意識がある娘さんにとってはそのわずかな引っかかりがブレーキになってしまうかもしれないと考えました)
章立てが細かく、物語が起伏に富んでいるので、少しずつ読み進めるのに向いている(続き物の名作アニメのようなイメージ)。
友情や勇気、伴侶との出会いや愛情、裏切りや挫折、酸いも甘いも様々の人生のテーマが網羅されている。
そして何より、挿絵がかわいい! 本のところどころにグリックが飛んだり跳ねたり走ったりの姿が踊っていて、かわいいグリックの行く先が気になること請け合いです。
挿絵は本を読み慣れていない子供が本に親しむための重要な手がかりになります。
ママさんも『グリックの冒険』は未読で、「私も読みたくなった、それにする」と言ってくれました。
ここで最後にお願いしたのが、文庫も出ている本ですが、「ぜひ単行本を買ってほしい」ということです。
読書に苦手意識があるお子さんが、立派な単行本を自分で一冊読み通せたら、それは「自分は本が読める」という大きな自信になるはずです。
ママさんは水を飲むように本を読んでいた本物の本好きです。
だからこその「本を読まない人(娘さん)との落差」がはっきりと出ていて興味深かったので、ここに取り上げてみました。
本好きな親御さんが「自分が読んで面白かった本」を子供さんに薦めることはよくあります。
ただ、本を読むのが快楽であった人であればあるほど、「本に親しんでいない人」に本を薦めるときは階段を飛ばしやすいのかもしれないな、と。
本に親しんでいない人は、「本を読む」という行為に身を投じるまでにハードルがあります。文章を追うことに楽しさを見出すまでのハードルがあります。
「読めば面白いから大丈夫!」というのは本に対する絶大な信頼ではありますが、本が苦手な人にとっては階段を三段飛ばしくらいさせているかもしれません。
その人にとって何がハードルになっているのかを考えながら本を選んだら、「本は楽しい」という扉が開きやすいのかな、と思います。
ママさんと娘さんとで『グリックの冒険』を読んでくれるそうです。
これから少しずつ家族で階段を上っていくと思います。
いつか娘さんがママさんも楽しんだ『扉を開けて』を楽しんでくれるようになってくれたらな、と心から祈ります。
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