海岸の家に住んでいるチム坊やは、船乗りになりたくてたまりません。
仲良しのボートおじさんが、昔船乗りだったので、たびたび航海の話を聞かせてくれます。
チムは、すっかり船に詳しくなり、知識を披露しては、家族を驚かせます。
しかしお父さんもお母さんも、船乗りになるには、まだ小さすぎる、と取り合ってくれません。
チムはある日、家を出て、汽船に忍び込みます。
が、すぐ船員に見つかり、船長さんのところへ連れて行かれてしまいました。
船長さんはものすごく怒り、チムは、バケツとブラシを持たされ、甲板掃除を命じられました。
チムは最初の日こそ、あまりのつらさに、もう家出したりするもんじゃない、と後悔しましたが、やがて船の生活に慣れていき、船員たちやコックさんに、気に入られました。
船長さんでさえ、チムの働きぶりを評価し始めたのです。
そんなある晩、すごい嵐が来て、海は大荒れ。
真夜中にずしんと恐ろしい響きがしたと思ったら、岩にぶつかり、横倒しになりました。
船が沈むぞー!
船員たちは次々にボートに乗り移ります。
しかし、怯えて縮こまっていたチムは取り残されてしましました。
もうひとり、船に残っている人がいました。
船長さんです。
自分の船を捨てずに、がんばっていたのです。
「やあ、ぼうず。こっちへこい。なくんじゃない。いさましくしろよ。わしたちは うみのもずくと きえるんじゃ。なみだなんかは やくに たたんぞ」
船長さんに言われて、チムは涙を拭き、もうびくびくするもんかと思います。
ふたりが覚悟を決めたとき、救命ボートがやってきました。
が、これで助かったというわけではありません。
荒れ狂う海を、救命ボートで漕ぎ抜けなくてはなくてはならないのです。
大きな波は救命ボートをコルクのように弄び、みんな身体の中までずぶ濡れになりました。
誰も彼も、びしょぬれで、こごえきって、くたくたになった頃、幸いにも港に着いたのです。
こうして、ひとりの、ちいさい船乗りが誕生しました。
子どもの、職業に対する夢や憧れを育てていくのは、大人たちです。
大人たち、キリッとしようよ!
と、鞭打たれた気持ちになりました。