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そこで、全ては終わりだった。
それはもう、何も語らない。
 
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ある皇帝の回顧録。我々もまた“歴史”の一欠片としてそれを知る物だ。
都市伝説のような話の中に、その回顧録には“偽書とされる部分”が存在したのだという。
 
…最近それが、ある人物の手に渡ったという“噂”を聞いたような気もするが…聞かなかった事にした方が良い事だろう。
 
そして此処に。何故か知らないが、此処に。
その“偽書とされた部分”を裏打ちするのではないかと見える“断章”…ひどく古いパピルスのような繊維織物(要するに古くて作りは荒いが紙だ)…がシーリングされたものが何枚か存在した。
 
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古い古い古書肆で、それは埃を被っていた。
 
――少し長い船旅に、暇つぶしでも無いかと思いながら港への道行きを行く、その行き掛かり。

その古書肆は時代の重みに押し潰されそうな姿で其処にあった。…つまりボロい。それも壮絶に。
中はと言えば、それは本棚が柱なんじゃなかろうか…屋根が落ち掛かってきてるのか、最初から屋根に掛かるくらいドデカい本棚なのか、或いは両方かといった様相であった。
入った事を若干後悔しつつ、中を物色してみる。品は意外と普通…マンガとかラノベもあるじゃんといった具合であった。
古書肆然とした風貌の割に中々アヴァンギャルドである。
 
そんな雑然とした中に、打ち捨てられたようにしてそれはあった。
やや古く重々しい革装丁のファイル。最後に触られたのは何十年も前かと思わせる程、厚く積もった埃の中。
一粒の光がそこから零れ落ちて、消えた…ような気がした。
 
埃がそう見える事は良くある事だ…そう思いつつ、手に取り中を見る。
辛うじてそれがギリシャ語のような古めかしい文字である、程度を判読するのが精々だった。もちろん読めない。
普通なら其処で返して、そんなものの事は思い出しもしないのであろうが。何故か買う事にした。
装丁が欲しくなったか?…いや違う。むしろ装丁は買う時外してもらおうと思っていた。
 
精算は店の奥だろうと思って進むと、これまた古…と思ったら、
古いは古いがさほどという物でも無い、薄緑の液晶がチラチラ光るレジスターが、
これまた店ほど古めかしくはない(失敬)不機嫌そうな猫を思わせる顔のおじさんと共に待ち構えていた。
 
恐る恐る、ファイルを差し出す。
 
「…アンタ、これ何処で見つけた」
 
やけに鋭い眼光で睨め付けられた。
ラノベの近所ですハイと乾いた返事を返すのがやっとだ。
ヤバい取引とか見てませんからーと要らん自白をしそうになった所で、
ふん、と鼻を鳴らしてご店主、後ろの棚から何かをごそごそと引っ張り出してきた。
小さい古びた手帳のようだった。
 
「抄訳と解説だ。コイツはこれがセットだ…買うんならバラ売りは無しだ」
 
物凄い威圧感。だが、ここで負けてなるものか。
「そ、装丁は外してもらえますか…?!」高そうだったので。
ご店主、手早く外してシーリングされた中身を差し出した。
してお幾ら万円でございましょうや…冷やかしとか、ぶっ(ぴー)されて近くの港湾に(ばきゅーん)されそうなんですが…!
 
「300円」
 
ひの、ふの、み、っと…。
 
「お買い上げどうも」
 
僕は店を後にした。
 
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それが、この“断章”を手にした経緯だ。
学術的な価値とかそういう物があるんではないかと思ったのだが、値段の理由が解説…かなり詳しく調査はされたらしい…の部分に記述されていた。

書かれている内容こそ日記の断片のようなもの…かなり古い時代、極めて学のある人物でなければ書けないような内容ではあった。
しかし、各種構成要素の分析を行った結果インクも紙も年代はバラバラ、組成も滅茶苦茶な代物だと判明。
果ては、近現代の年代測定法を知り尽くし、測定を無力化するような加工が的確に盛り込まれているとすら疑いたくなるとの意見まであった。
幾らか議論の余地はあったが、恐らくは“劣化加工を盛り込み過ぎた”結果ではないかと言う見解が妥当であろうとの結論を得るに至った。
 
その結論を補強してしまったのが記述された内容だった。
件の“偽書”が既にその界隈で笑い話ともならなくなっていた環境にあって、まるで“その偽書が下敷きにしたような内容”を断片的とは言え扱っていた事は、
歴史の再考証を呼ぶ…という事には当然ならず、何処かの時代、知性を誇った悪戯者が精魂込めて作った“紛い物”であろうと結論づけられたのであった。
 
とは言え、この解説と抄訳を作った者には何か心を動かされるものがあったのか。
能く記された内容を書き写し、意味と記述を対照した結果、丁寧な抄訳を最後まで作り上げていた。
…まぁ、それすら誰かが作った“嘘”なのかもしれなかったが…それくらいは構わないと思った。
 
古代の言葉なぞ殆ど分からない“僕”にも、そこにある思いくらいは分かるつもりになれたのだから。
 
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遠い、遠い、ただの人の生。
泣いて、苦しんで、黙々と、生きて、悩んで、ほんの少しだけ笑って…思いを馳せ、眺めて見た。
 
それももうお終い。
 
資料は何の脈絡も無く、突然終わってしまっていた。

そこから先はもう、誰にも分からない。
 
これはきっと、誰かの思い出だった。
忘れたくなくて。忘れて欲しくなくて。
 
その思いだけが、ほんの些細な何かの気紛れで此処に届いたのだ。

だから。
 
「受け取った。その思いは伝わった」
 
“僕”は、自分がまるで力ある何者かのように、厳かに言い放つ。――ただの言葉を。ただ真摯に。
 
曇天の夜が明ける。灰色に厚く垂れ込めた雲が日の光を隠していても、それが夜を騙る事は出来ない。
 
数少ない手持ちの物から、派手な短剣を取り出す。

刃は、鈍色の空を映し出したかのように、沈んだ光を湛えている。
 
「だから。もう良いんだ。お還り、全てを忘れて」
 
刃を走らせ、シーリングを切り開いた。
酷く劣化していたそれは、潮風に晒されたせいか速やかに形を崩していく。さらさらと、海へ零れ落ちていく。
零れ落ちたものは、海原へ攪拌されて、溶け込んで行った。
 
…永遠に思いを繋ぎ止める事は、何者にも出来ない。永遠が何処にも無いように。
 
だから、思いは受け止める。何時かは同じ所に辿り着く者として、ただ真摯に。
そして、流し去る。何処にも辿り着けない事はきっと無いんだと、祈るように。
 
手帳の装丁を切り取り、綴じを丁寧に解く。
それは、役割を終えた事を理解したように…最初から、紙としての性質など無かったかのように、風に溶けて行くように見えた。

最後の一枚がひらりと舞った。その様は、おとぎ話に聞こえる妖精の羽のようで。
少しだけ名残を惜しむように波間を舞って、消えた。
 
それで、おしまい。
 
<一つの名も無きムネーメー:完>
 
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残ったシーリングのフィルムと、古めかしい装丁をカバンに放り込む。
短剣を丁重に仕舞い、待合室へ戻る。
 
見れば第一便辺りは既に欠航表示が出始めている。
今日も欠航だろうなぁ、どうしようかなぁと、現実感溢れる問題は休む間もなくやって来る。
 
しょうがないので待合でテレビを眺めていると、ヘンな外国人観光客にインタビューして回るミニ番組をやっていた。
地中海の方から来た4人連れで、何でも親子(親父と息子)が最近揃って結婚したから新婚旅行で来たらしい。
マンマ○ーヤみたいですね(適当)!とインタビュアーのタレントにツッコまれるとやや食い気味に
“イヤイヤボクラオトコデスヤーン”“デスネーン”とノリツッコミ(ボケ?)を炸裂させた挙句、親子揃って息子の嫁に割と本気の説教される。
二人揃ってタシケテーとカメラを向けさせた先には、緩くスカーフを巻いて優しげな笑顔を浮かべた恰幅の良い奥さん。
 
何という事も無い、ただ愉快な家族の光景が映って、消えた。
 
…さて。まだ時間はあるようだけど、行き先はもう決まっている。
 
今は少し、あの風を心に抱きながら、待つとしよう。
拳を固めるのは、今じゃない。
 
→NEXT GAME”青いオーケストラ”へ備えよ!(あ、もちろん他のもやれる限りはやりますw)