長編お話「鬼子のヒオリ」の26 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

あれから三郎彦は一度だけうら庭の柿の木にやって来た。そして、

はやまって悪いことしたな、となぜか私に謝った。でも姿は見せてくれなかった。ねえお饅頭あるから食べようよ、と誘ったんだけど、柿の木の枝がごっしごっし揺れるだけで、三郎彦はとうとう応えてくれなかったのだった。

私は三郎彦に聞いてみたかったのに。

おやっさまが、そしてきっと三郎彦も、私のおとうさんを守っているのはどうして?私は間崎さんの言葉がずっと気になっていた。

野の神であると言う私のおとうさんは一体なんなの? 今までもばく然としたなぞだったおとうさんの存在が、私の中に割りきれないもよもよになって止まることなく広がっていた。

みいちゃんたちは田んぼの時期が始まったので忙しく、うちに来ることが少なくなった。

でもたまに来てくれる稲兄さんや鏑木のお爺ちゃんのはなしによると、
間崎さんは本当にここいらの神さまひとりひとりに会って、おとうさんを食べさせてくれるように頼んで回っているらしい。

そして、連名の器使、の存在は、みいちゃんたちの間では共通認識されていたみたい。

私たちがメールで連絡を取るみたいに、神様たちにも、そんな、連絡を取り合う方法があるみたいなのだった。

そして、みいちゃんがある日慌ただしくご飯を作ってくれながら教えてくれたのだ。

いよいよおやっさまが間崎さんに同意したんだと。
だからいよいよおとうさんが食べられてしまうんだと。
だから私は、やっと、やっとおとうさんに会えるんだと右手をぎゅううっと握りしめてしまった。