小説「スターゲイザー」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

夜空を見上げていると自分と現実の距離もこのくらい離れているのだと、妙に納得させられる。

あの光っている星が私が目指す現実で、そして私は此処にいる。あまりにも隔たった此処にいる。
火星は最接近しても遠いところであることに変わりはない。
私は無駄でも星に、現実に向かって手を伸ばす。

私と星への距離がつまり現実からの私の距離で、私の手の長さがつまり私の持っている能力なのだ。
この、あまりにも荒唐無稽な落差。ギタリストとしてプロになりたいんて夢が叶うわけがないと思う。
こんな夜に星を眺めていると。

しかし手だけ妙に長くて片手だけ星に届いてしまえば、日常生活を送る上で面倒なことこの上ない。結局私はこの体で生まれてこの体で生きていくのが一番いいのだ。

星に届けば体は焼ける。或いは冷える。

星、現実まで到達出来る人々はきちんとした訓練を受けて研究成果が認められた上で、暑さにも寒さにも耐えられる服装で、素晴らしく速く行く乗り物を使って、
だからこそ現実まで到達出来るのだろう。

夢を叶えると言う現実まで届くのだろう、その能力が、その思いが。

私は自分で知っている。星は眺めているに限る。眺めているだけで、こうして時おりは腕を伸ばして自分の非才を嘆いてみる分でちょうど良い。
私は現実まで到達する必要はない。焼けたり凍えたりするようには私の体は作られていない。

なのにどうしてかな。
空を見上げるのを止められないのは。
あの明るい星が火星なんだろうかと思いながら、私はそれに向かって右手を伸ばした。