小説「死ぬ前の食べ物」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

アメリカでは死刑囚に、刑執行の前なんでも好きな食べ物を出してくれるんだそうだ(お国柄、フライドチキンとハンバーガーが人気なんだそうだ。
人気と言うのも。)。

でも私がもしアメリカで死刑になるとしたら刑執行を数ヵ月から数年間引き伸ばす自信がある。
絶対に食べられないものだから。(食べられるまでは絶対に死なない。粘ってやる。)

それは
小学校のキャンプの時に作ったカレーである。学校の校庭にテントを張って、家庭科室で皆で野菜洗ったり肉切ったりしてわあわあ言いながら作った、
あのカレーである。死ぬ前に食べたいものなんてあれ以外にはない。でもあんな雑なカレー、二度と作れる訳がない。

なんであの時あのカレーはあんなに旨かったんだろうと私は今でも疑問に思っている。

豚こまとじゃが芋と人参と玉葱を、ばらばらな大きさに切って油で適当に炒めて水いれてルーを溶かしだけだったのに。ものすごく旨かった。今まで食べたものの中で何が一番おいしかったですか、
と、聞かれたら、やっぱり答えてしまうくらいあの、小学校のキャンプのカレーは旨かった。死ぬ前に食べたいもの。それを言うならあの、皆でつくったキャンプのカレーしか思い浮かばない。

だから私はいつかアメリカで死刑になるときに、

あの時のキャンプのカレーを要求する。絶対に作れる訳がない。
あのカレーはあの時あの場所だったから旨かったのであって、拘置所の独房で食べたって旨いわけがないのだ。

これじゃない!
他のを持って来い!

と駄々をこねてずーっと生き延びてやるのだ。
駄々をこねて粘ったとしても、あの時のあの日のカレーには、
絶対に戻る事は出来ないけれど。

あの時に一緒にカレーを食べた皆は、永久に消滅してしまっているけれど。