クラクラ ライトノベル【ペッカ先輩と僕】第1章の2 | Nippon代表のブログ~クラッシュオブクラン~

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第1章の2



 放課後、人のまばらな職員室。

 僕は熊田先生と向き合って座っていた。

「一応、中間テストの成績の話なんだがな、なあに成績が低かったのを責める訳じゃない。分からないところをよく聞きに来たり、馬場君が頑張っているのが分かるからこそ……なぜ実力を出し切れないのか心配になってだな、先生にできることがあればぜひ教えてほしいんだ」

「いや、その……」

 なにかと思えばその話か。

 この体格の良いヒゲ面の四〇代教師、熊田先生は今時珍しいくらいの熱血でめちゃくちゃいい先生だった。

 でも――その気遣いがつらい。

 小テストならまだいい。けれど、少し大きなテストになると僕の手は震え始める。そしてそれがさらなる緊張を呼んで、何も考えられなくなる。これはクラクラの対戦の時に限った話じゃなくて、僕の悩んでいる体質なんだ。

 この高校に入学できたのも奇跡だった。入試の日にたまたまインフルエンザにかかっていたせいで40℃の熱で頭がぼうっとして、緊張する余裕もなかったという奇跡的な状況のおかげだった。

 でも、普段のこの上がり症と手の震え癖は……相談してどうにかなるものじゃない。小学校からずっと悩んで、一度だけど神経科のお医者さんにも診てもらってもどうにもならなかった。

 だから先生に言っても無駄。それを気遣われるといたたまれない気持ちになる。

「その……頑張ります……っ!」

 僕は思わず席を立つ。

「お、おい、馬場君……」

 逃げる。でも、僕の気持ちを分かってくれたのか、熊田先生は追ってこない。

 やるせない気持ちでいっぱいだ。

 僕は早く家に帰ろうと下駄箱まで走る。

 と、下駄箱付近に長井君とクラスメートのクラクラ仲間が揃っていた。

 みんな神妙な顔をして、何か話し込んでいる。

「お、阿知也いた。ちょうどよかった」

 長井君が僕を見つけて声を上げた。

 そして、ばつが悪そうに頭をかきながら、長井君が口を開く。

「そのさ、クラクラの件なんだけどさ、今回負けたのをきっかけにやっぱ勝たないと面白くないってみんな思い始めててな、これからガチクランにしようって話になっててさ……。だからその、まずは少数精鋭でやり直したくて……悪いんだけど、阿知也、クラン抜けてもらっていいか?」

 いきなりそう言われても、頭は妙に冷静だった。

 ――いつか言われるんじゃないかって思ってたことだ。僕は、弱いから。

「うん。大丈夫だよ。僕もしばらく施設とかヒーローレベル上げるのに集中したいからどこか適当なファーミングクラン行こうかなって思ってたし」

「そっか……悪いな」

「いや全然」

 淡々と言って下駄箱から靴を出し、履いて校舎を出る。

 歩く。校庭を歩く。

 そして校庭の中程まで歩いてきて、気づく。

 家までの道のりが妙に遠く感じた。

 だって――。

(あ、これは……まずい)

 だって、泣きたかった。

 がんばっているのに、勉強も駄目、好きなゲームすら駄目。

 もう何もかもが上手くいかない。情けなさしかない。こんな状況が一生続くんじゃないかって怖くなってしまってもいる。

 声を上げて泣きたい。声を抑えられそうになかった。とても家までなんて待てない。

 でも……どこで泣けばいい?

 校庭にはそこら中に運動部がいる。校舎内だって無理。今から玄関に戻ってもさっき別れた長井君たちがまだ下駄箱にいる。

 迷った末に僕は――走った。

 校舎横を抜け、校舎裏庭を抜け、林に入る。なだらかな裏山の道を我を忘れて走る。

 人のいない方、いない方へと僕は走り――。

 気づくと、僕の目の前には廃倉庫があった。

 うっそうとした林に囲まれた、錆びた鉄扉の旧体育倉庫。

 無意識にここまで走って来てしまった事に一瞬戸惑いつつも、ここなら誰も人はいないと確信する。

 扉のノブをひったくるように手に取る。力の限り引っぱるとガゴッと音がして鉄扉が開いた。倉庫に飛び込む。そして思いっきり――。

「うえええああああああうわああああんぼくだってすきで! すきでこんなじゃないのにうぐっうわああああああああああああああああん!」

 倉庫の地面に手をついて思いっきり声を上げてやった。廃倉庫の空気はきっと冷たくて埃っぽくて、こんな僕の叫びも無機質に反響させてからかき消してくれるはず。

 そう思っていたら――。

「え、ええと、その、どなた?」

 四つん這いの僕の頭の上から、柔らかな声が聞こえた気がした。そして鼻腔に感じるのは紅茶の香り。空気もまるで掃除したばかりの部屋みたいに爽やかな気配がする。

 廃倉庫ではありえないはずの違和感に、思わず涙が止まる。

「鍵……かけたはずだけど……さすがに老朽化していたか」

 そして新たな声。

 この声は。この声は――忘れるはずもない、静かで楚々とした声。

 僕は顔を上げた。そこには――。

「へ、辺塚先輩……?」

 なぜか辺塚いちか先輩がいた。椅子に座って足を組みながらスマホを横持ちにしつつ、無表情に僕を見据えている。

 それにテーブルをはさんで紅茶のカップを置いて、これまたスマホを横持ちにしつつ眉を寄せて困り顔をしているのは……生徒会長の泉天使先輩だ。

「え……え……? ここって」

 辺りを見回すと、廃倉庫の中は綺麗に片付いていて、テーブルと冷蔵庫、ソファ、本棚、まるでリビングみたいなスペースになっていた。

「……まず、こちらから質問させてもらうが……どうしたのだ?」

 辺塚先輩が椅子から立ってゆっくりと僕に近づいてきた。

 その質問にどう答えたらいいのか迷う。

 それよりも僕は今、もしかして辺塚先輩にだけは見られたくない姿を――。

 辺塚先輩がしゃがんで、床にひざまづく僕に目線を合わせて、首をかしげながら言う。

「……なぜ泣いていた?」

 見られてた。

「うーん」

 ショックのあまり変な声が出て、僕は崩れるようにして気絶した。