数秒参りをする人がいる
神様は「もっとゆっくりしていけばよいものを…」と残念そうに見守っている
行かないより行った方が良いがもったいない
日々やるべき事や、やりたい事が山積みで優先順位が低いと思われるものには時間を掛けられないと人は思うだろ
だが、ずっと走り続けてはいけない
時折、立ち止まって確認しなくてはならない
それでよいのか?
間違ってはないか?
それは自分からの目線ではなく、客観的な見方で見てみる
その見方は神目線
上空から見たらどんな感じなのか俯瞰してみる
振り返ってみる
今までの事
それとこれからの事
忘れてる大事なことはないか?
改まって見てみる
それは紛れもなく自分自身
神様の存在が感じ取れないから分からないではなく
あなた自身があなたを見守ってあげなくてはならない
あなたの中にも神様はいるのだから
それが唯一の分かりやすい確認方法
日々の日常に追われてばかりいては駄目だ
一度立ち止まって息抜きも肝心
目的は、日々をやりこなすだけではなく、大事なものを見失わずに生活することがとても大事
短時間でよいのでリラックスする時間を取る、今という時間を感じ取る絶好の機会でもある
それは本来の自分と繋がる唯一のひとときでもあるから
そこは誰かに対してではなく自分自身と対話する所
神にすることは自分にすることと等しい
他者にすることも自分にすることと等しい
皆一つなのだから