~チャンミンside~
「そうか、決心してくれたか。」
「はい。・・よろしくお願いします。」
仕事途中で屋敷に立ち寄ったおじさんに早々に伝えた。
短い準備期間、あっという間にくるであろう出発に迷っている時間はなかった。
「急な話で不安だろうが、私も精一杯バックアップするから。
あと、ボストンにうちの支社がある。
困ったことがあったらこちらを訪ねるといい。」
「ありがとうございます。」
「ああ、君の推薦状を書いてくれた教授2人には君からもお礼を言っておくようにね。」
「はい、・・分かりました。」
時間がないのだろう、傍らのSPに促され身体を翻しながら、細かいことはジヒョンさんやスヒさんに頼んであるから、と言われた。
背中を向ける直前、・・ふと足を止めて。
「───ユンホには、・・話したかい?」
キュッとネクタイを直しながら僕を覗きこんでくる。
「・・・いえ。」と、それだけ。
「・・せっかく仲良くしてくれていたようだから、寂しいかもしれないが。
所詮、・・男同士だ。
ユンホもそろそろ一生を共にする相手を見つけなければならない。───分かるだろう?」
探るような意味ありげな物言いに。
僕が父さんとの間にあった感情に気づいてるように、目の前の人も僕らのそれを気づいてるのだと確信した。
─────僕はただ頷くことしか出来なかったけれど。
「俺に、・・話すことがあるだろ?」
そう言われたのは返事をした日の夜。
今日まで出張だったのに、誰に聞いたのか、・・まぁ、多分スヒさんだろうな、と思う。
パスポートの申請書類を渡しながら、かなり納得のいかない顔つきだったから。
───実は、・・と話してる間、チェストの上に置かれたシャクチリソバの鉢植えを見つめたまま、微動だにせず耳を傾けるユノ。
こちらが話し終えても一言も発しない。
「あ、あの、・・勝手に決めて怒りました?」
チラッと目線を向けて。
「行くな、───って言ったらやめる?」
「え?」
「嘘、・・言わねぇよ。」
「俺は18歳からその大学で学んだよ。・・行くといい。世界は広いから。」
スッと伸びた手が僕の頬に触れる。
「その代わり、・・ちゃんと帰ってこいよ?」
ふっと笑った顔が優しくて、・・ズクンと胸に痛みがはしる。
───違うんだよ、ユノ。・・僕はもうユノのもとには帰れない。
その一言がどうしても言えなくて。
「MITは二学期制だから、1月にクリスマス休暇がある。
一泊でも二泊でもいい、・・逢いに行くよ?」
俯いてしまった僕の背中をポンッと叩いて、優しげに話しだしたユノ。
「なんだよ?不安か?・・研究員として大学に残っている友人がいる。
そいつを訪ねろ、な?
恋人に変な虫がつかないように見張ってもらおう。」
ハハッといつになく明るく言うから、嫌でも分かってしまう。
────ユノも不安なんだ?
大きな力が僕らの関係を無いものにしようとしている、・・それは到底抗うことのできないもので。
気づかない振りが出来れば良かった。
後少し、・・後少し、・・と、それはとめどなく続く想いだけれど。
「─────ユノ。」
首筋に腕を回してキツくキツく抱きしめた。
「・・ごめんなさい、・・ユノ。」
「なんだよ?怒ってない、って言ってるだろ?ばかだなぁ、・・。」
そう言いながら僕の背中に回した腕にぎゅっと力が入る。
それは心なしか微かに震えてるようにも思えた。
「・・・絶対に、・・戻ってこいよ。」
その言葉は僕とユノの唇の隙間、・・吐息のように零れて滲んで消えた。