長湯の祖母と鈴子さんをあとに残して、一人で先に浴場を出る。ふと思いついて中庭に出てみると、案の定千歳がぽつねんと立っていた。灯篭に照らされて白い息を吐く後ろ姿。少し癖のついた髪。
「千歳」
振り返った千歳はペラペラの浴衣姿の私を見て、顔をしかめた。
「湯冷めするぞ」
そう言って着ていたコートを私に差し出すので、思わず憎まれ口を叩いてしまう。
「やだよ。せっかくお風呂に入ったのに、汚いじゃん」
「ったく」
舌打ちをして建物の中に入ってしまった千歳を慌てて追いかけると、鼻先でぴしゃりとガラス戸を閉められた。
「ちょっと、開けてよ!」
千歳は扉を押さえながら眉をあげて変な顔をしてみせた。
「寒い寒い寒い!」
足踏みをしながら訴えると、ようやく笑いながら戸を開けてくれる。
「うるさいって」
「誰のせいだと思ってるの。手、冷たくなっちゃったじゃん、ほら」
背伸びして千歳の首筋に手をあてる。けれど彼はもっと冷たくて、ぎくりとする。
一体どれほどの時間、外に立っていたのだろう。
「どれどれ」
ひっこみのつかなくなったその手を取って、千歳は温めるかのように両手で包んだ。なぜか、彼の手だけは温かかった。
「手はポケットにつっこんでたから」
私の思ったことが聞こえたかのように小さく言うと、軽く握りしめてからその手を離した。そのまま置いてあるソファに腰掛ける。中庭を眺めながらくつろげるようにと設置されたらしいこのスペースには、今私たち以外は誰もいなかった。
「みんなで旅行来るのなんて、何年振りだっけ?」
「5年ぶり」
向かいに座りながら聞くと、千歳は即答した。
「俺が高1の時。千春さんも一緒だった」
「そっか。ママが生きてた時、か」
「うん」
更新の励みになります。よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村