「すみませんでした、急に泣いたりして」
ようやく落ち着いて、小さな声で謝る。周りの人の目が痛い。
「俺は大丈夫だよ。こっちこそ、変なこと言っちゃったかな。ごめんね」
彼はコーヒーに口をつけて、冷めちゃったね、と笑った。
この人は、何も聞かないのだな、と思った。
「あの写真、私の母が撮ったものなんです」
唐突に話し始めた私に何も言わずに、西並さんは続きを促すように眉を挙げた。
「だから、千歳は私との写真を持っていたわけじゃないんです。母が撮った写真を、持っているんです」
話が飛躍した自覚はあった。案の定彼はストップをかけるように片手を上げる。
「ちょっと待って。ごめん、何が言いたいのか、よく分からない」
私はすんと鼻をすすった。なぜだろう、この人に対して子供のような態度をとることに抵抗を感じない。千歳に子ども扱いされることは大嫌いなのに。
「千歳は、私のママのことが好きなんです」
こんなこと、誰にも言ったことがなかった。何故話してしまっているのだろう。
「え?いきなり衝撃的なこと言うね」
彼は驚いたように言うけれど、それでも大声を出したり狼狽したりはしなかった。
「私のママ、もう死んじゃってるんですけど、千歳はママのこと忘れられないんです。だから、その写真はママが撮ったものとして、大切にしているんだと思います」
吐き出すように話すと、西並さんは戸惑ったように言った。
「それは真野がそう言ってるの?」
「直接そうだと聞いたことはないですけど、」
「そっか」
彼は優しく微笑んだ。
「分かっちゃうよね。春海ちゃんは、真野のことが好きだから」
私は彼をちょっと睨んだ。
「意地悪ですね」
「あんな泣いてるところ見せちゃったら、今更隠すこともないでしょ」
「そうですけど」
なんだか馬鹿らしくなって笑う。今更だ。千歳がママのことしか見ていないことなんて。なんで泣いてしまったのだろう。
「こんなこと話したって、千歳には絶対言わないでくださいね」
西並さんは笑う。
「言うわけないよ。そもそも春海ちゃんとお茶したなんて言ったら、あいつ怒りそうだし」
そして立ち上がる。
「そろそろ時間だから行くね。早く千歳と仲直りしなね」
唇を尖らせて反論する。
「別に喧嘩してないです」
「でも避けてるでしょ、あいつのこと」
図星をつかれて黙る。
「真野が好きなのが春海ちゃんのお母さんでも、あいつが春海ちゃんをすごい大切にしていることは確かだよ。それは忘れちゃ、いけない」
急に真面目な声で言われて思わずうなずく。それを見て彼は満足そうに笑った。
「うん、いい子。じゃあ、付き合ってくれてありがとう。あ、これメアドだからなんかあったら連絡してくれていいよ。真野には内緒ね」
シンプルな名刺を渡される。学生でも持っているものなのだろうか。それとも就活に必要なのだろうか。高校生の私が知らないことは、多い。
「私も、変な話聞いてもらっちゃってすいませんでした」
「大丈夫、内緒にするよ。泣いたことだって、さ」
にやりと笑って彼は店を出て行く。その背中を見送って、名刺を丁寧に手帳に挟んだ。
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