被服室の前まで帰ってきて、おかしいなと首をかしげた。作業をしているにしてもいつもはもっと雑談の声が聞こえてくるのに、しんとして廊下には何も聞こえてこない。
不審に思いながらもドアをがらりと開けると、最初に目に入ったのは、久しぶりに見る金色だった。
「…香篠君、来たの」
香篠君はちらりと私に視線を流して、低く唸るように言った。
「はい」
他の部員たちが気まずげに私たちを交互に見ているのを感じたけれど、それ以上会話は続けられず私は席に着いた。
「ちょうど全員そろったし、報告するね。今年は早めに学園祭の準備をすることになりました。これが台本と資料ね」
全員に配布すると努めて明るい声で言った。
「今日はもう解散にしちゃうから、それちゃんと読んできて、衣装のプラン考えてきてね。一年生もアイディアあったら出してくれていいから。明後日に話し合いましょう」
私が言い終わるや否や、香篠君は席を立った。
「じゃ、失礼します」
こちらには目もくれず被服室を出て行く彼の背中を横目で見ながら、私は資料に目を落とした。
こそこそとした、それなのに不躾な視線を感じる。後輩たちがいる前では絶対に泣けない、と思った。
香篠君の書いた脚本は、一人の女の話だった。
どんなに厚意を受け取っても、どんなに愛されても、足りない足りないと嘆く女の話だった。彼女は終始不幸な顔をして、心底絶望していた。結局彼女は満ちることなく幕は下りる。
救いのない話だ、と思った。彼女は一生気が付くことができないゆえに、一生満たされることはないのだろう。香篠君はいったい何を思ってこの話を書いたのだろうか。深く考えると気が滅入りそうで、私は思考を止めて、衣装のプランをメモに書き出し始める。
この女の衣装は色彩の無いものがいいだろう。色の無い、幸福を知らない景色。彼女の目に映るものは全てそうなのかもしれない。空の青や、風の透明感や、赤みのさした頬の存在しない世界。誰かさんの金色の髪の毛も存在しない世界。
去年とは違って現代劇であるから、衣装にもメタファーを含ませることが比較的自由だ。少しわくわくするのを感じながら、引き出しから色鉛筆を取り出した。
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