忘れられない人はいますか?
その人の「何」を、覚えていますか?
匂いやしぐさ、声、体温……いろいろありますよね。
以前、映画『昼顔』を見ました。
(ネタバレになるので、これから映画を見ようと思っている人は要注意です)
昼顔は斉藤工さん演じる北野と上戸彩さん演じる紗和が、お互い結婚している身でありながら、恋に落ちてしまうというストーリーです。
2014年に放送されたテレビドラマでは、紗和は離婚し、北野は結婚生活を維持。ふたりは二度と会わないことを誓ったところで終わったのですが――。
映画はふたりが再会するところから始まります。
伊藤歩さん演じる北野の妻・乃里子と紗和が話すシーンがありました。
北野との離婚を決意した乃里子が、紗和に聞きます。
「ねぇ、離婚しても彼のことを裕一郎って呼んでもいい?」
これに対して、紗和は言いました。
「嫌です」
その時は「そうよね、分かった」と笑顔で承諾した乃里子ですが、この会話がきっかけとなり、物語は悲劇へと向かってしまうのです。
悲劇を起こした理由ともとれる、乃里子の言葉があります。
「もう、裕一郎の名前を呼べないなんて!!」
乃里子は、北野と夫婦でなくなることよりも、何より名前を呼べなくなることを悲しいと思ったのでした。
このシーンを見て、私はアン・ルイスの「グッド・バイ・マイ・ラブ」という歌を思い出しました。
サビの歌詞にこうあります。
「忘れないわ あなたの声 優しい仕草 そのぬくもり
忘れないわ くちづけのとき そうよあなたのあなたの名前」
好きな人の忘れられないものをいくつか挙げながらも、最後にかなり強調して好きな人の「名前」が挙げられています。
考えてみると、「君の名は。」という映画もヒットしましたし、ドリカムは「何度でも君の名前を呼ぶよ」と歌っています。
名前ってすごいな!すっばらしいよ!と思っていたときに、さらに2つの話を聞きました。
一つは、ある会社の話です。
会社の中に一つだけ社員の離職率がすごく低い部署があったそうです。なぜ、あの部署だけ、人が辞めないのだろう?と不思議に思った経営者は、理由を調べてみることにしました。すると、離職率の低い部署は、上司が毎日社員一人ひとりの名前をきちんと呼んで挨拶をしていたのだそうです。
「〇〇さん、おはよう」
「〇〇さん、ありがとう」
「〇〇さん、お疲れ様」
たったこれだけのことですが、社員は大事にされていると感じたはずです。もっといえば、その部署に自分の居場所を感じることができたのではないでしょうか。
もう一つは、母親を亡くしたばかりの40代男性の話。
母が亡くなる間際、父がずっと母の名前を呼んでいた、と。
子どもの頃から40年間、父が母の名前を呼ぶのなんて、一度も聞いたことがなかった。
子供が生まれて母親になり、長年連れ添ううちに、呼び名も変わっていったのでしょう。それでも父は妻の最期に、彼女の名前を呼び続けた。
普段何気なく呼んだり、呼ばれたりする「名前」には、大きなパワーが秘められていることを実感したエピソードでした。
同時に、人生の中で、好きな人の名前を呼べる時間は、そう長くはないのかもしれない、とも思いました。だから、大事にしたい。
そして、たとえ直接呼べなくなったとしても、あるいは遠く離れていても、心の中で呼びかける名前もある。
―元気ですか。
―見守ってくれていますか。
人生のある季節をともに生きた人や、自分に大きな影響を与えてくれた人。そんな誰かの名前を呼びかけることで、心がじんわり温かくなったりする。
忘れられない名前、あなたにもありますか?