病気の方に対して

   「あの言葉はダメ、この対応はダメ」っていう記事や
   「本当に欲しい言葉ってこういうこと」
と断言するような記事を最近改めて見かけるのですが、


    私は
    「これが正しい」という主張の仕方は
   どれも  違和感に感じます
   


    なぜなら

    時と場合とその人の価値観による

   と思うからです
   




    例えば
    鬱病で闘病中の人がいたとしましょう


    ある人は
   「がんばってね、大丈夫だから」と言ってほしい

     ある人は
    「頑張らなくていいんだよ」と言ってほしい





     はい、ここで問題です

     鬱病の時に本当に欲しい言葉は

   「 がんばって  」
     と
    「頑張らなくていいんだよ」

    どちらの声かけが正解でしょうか?
   


    


     一般的には
    鬱病の人には 頑張れと言っちゃダメって言われますが

   人によっては
 「がんばって」って言ってほしい人だっているわけです



 

     なにが正解?
     どうしたらいいの?


     って、聞かれたら

     正解は、
     その人の価値観にそい、その時の状況に合わせて声をかける

     としか言えなくなってしまうのでは
ないかと思うのです




     



    その人が本当にほしい言葉って

     頑張り過ぎてる時には、
    「頑張らなくていいんだよ 」  だし


    頑張ったら乗り越えられる
    けど
    進めないでいる時には
   「頑張れ」だし

    うだうだしてる時には
  「それじゃ変わらない」
   「今のままじゃいつまでもダメだね」
    って叱咤されたほうが乗り越えたい人のためにはな



    さらには


    「頑張れ」という言葉に嫌悪感がある方には、頑張る必要がある際にも「がんばって」という言葉を使うと、逆効果


「デリカシーがない」と逆切れされたり、
「あなたのせいで追い詰められた」
と関係がややこしくなる場合もあります





    このように
   欲しい言葉は人それぞれなわけだから

   やっぱり「○○の人にはこう対応するのが正しい」みたいな記事は、私は違和感しかないし、

   その記事は、書いた方の意見や気持ちにすぎないと思うのです




    


   

    そんな私も、昔は答えに悩みました


    病気の人への良い言葉かけがわからなかったからです。。

    

   実習や学校では、病気の方の気持ちに寄り添う方法についてたくさん学びました

  しかし 現場では

   習ったこと、「大丈夫」という励ましが逆効果になることもあり

  中には、悪気はなく、世間的には普通と言われる言葉に対し、
心ない暴言で返されたり、理不尽に八つ当たりされることもありました


   「心身弱っているから余裕がないんだ」
   「受けとめサポートするのが仕事」

   と、病気の人の立場を理解はすれど、

    私も人間だから感情はあるし
   昔は今ほど強靭ではなかった(笑


   人格否定するような言葉やら理不尽な八つ当たりが多い時は、かなりこたえてました

   


    そんなこともあり、

 いつしか「病気の人にむやみに、大丈夫や頑張ってって言わないほうがいいよね」って、ビクビクしてましたし


   なにが正解の言葉なんだろうって

   悩むようになったんです。。。



   
    


   そうやって 悩んだ先にあった答えは、


   「病気だから」って、特別視をし、
   いつしか関わりが慎重になりすぎていた  

   (  ▶︎病気=気を遣わらなきゃ、いたわらなきゃ。○○の方法がいい
  という知識に縛られ、目の前の人をちゃんと見れていなかった)


  大切なのは、目の前の相手を見る
   
   相手への思いやりの度合い

    ってこと でした





    欲しい言葉って
    時と場合と   人それぞれ   
     
    だから

   本の知識やら体験者の話を元に対応するでなく、

    目の前の人を見て
    相手の気持ちを考える ことが大切

    だと思ったんです





   「目の前の人はどんな言葉をかけたらいいんだろう」って迷った時、

   本を読んで知識を得るのは、相手に寄り添う素敵なことになるし、
 体験者の意見はとても参考になる


   けれど


   それが「正しい」と囚われてしまうと、
 目の前の人が嬉しくなる言葉や対応が見つけにくくなる




    書いた方の意見や想いが強くのってる記事ほど特に
   万人に合う答えではなく、書いた人およびその人と同じ価値観の人への答えとなることが多いから


   その内容が正解だと思わないことは
   大切だと思うのです



   
    



    仮に、相手が欲しくない言葉をかけてしまったのだとしても

  「相手への思い」がある行動であったなら
    結果的には大きなトラブルにはならないと経験上感じます



    中には
     自分と相性が悪い人もいるし、
   心を開いてくれない人、  
  思いやりを受けとってくれない人や受け取れない人もいる


   けれど


   それは、相手がそうそうタイプなだけなので

   相手に対して思いやった自分、結果を責める必要はないのです


  相手を思って言葉を選ぼうとした行動は素晴らしいことですから




    しかし、、

    冷たい対応されたら、ショックですよね


   けど、うまくいかなかったのは

   相手との相性が悪かったり、うまく伝わらなかったり、たまたまタイミングが悪かっただけなことが本当に多いんです



   うまくいかなかったバージョンをずっとひきづって、「もうやらない」ってうまくいくバージョンを諦めるのも貴方の素敵な思いやりの心が消えてしまうのはもったいない




   病気の時って、心身が弱り、自分に余裕もなくなるので、うまくいかないタイミングが高まる時もあります



   心身共に弱っている時の辛さを想像し、
「相手は今そういう状態なんだ」って
相手を思いやれたなら

「こういう対応になるのも仕方ないよな 」 っておもえるのではないでしょうか…






   



   終わりの独り言



   今回は、
    
   自分が鬱病にかかった経験、
  看護師として患者さんや悩める方のサポートから気づいたことをもとに書いてみました



    書きながら、

    看護師に求められる「相手を察する力、思いやり力」ってすごいなぁと
ふと思ってしまった私です



   理不尽でも八つ当たりされても、
   嫌な想いをしても
   目の前の相手を許し思いやる

   ができる人って相当すごい人だと思うのは、私だけでしょうかネ



  
    あ、 「 私、すごい」って自画自賛したいわけじゃないですょ

    相手を思いやる気持ちは強かったですが、空回りも多かったですし(笑


    神や仏じゃないから、目の前の人を全てを受け止められる力量、ありませんし…。。。



    …まあ、ちょっと
 「すごい職業やってきたな」って思って
   自分の自信にしちゃいましたけど

   

   自分の自信にでもしないと、理不尽な経験はやりきれないぜww


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    最後まで  読んでくださった貴方へ

     私の想いを
    読んでくれて  ありがとう




  『こころ』と『子ども』のスマイリスト
優衣(✿´ ー` )