THE MAN WITH A SOLES | 坂本龍~今夜は泡風呂ぐ~

坂本龍~今夜は泡風呂ぐ~

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本日のブログはタイトルにもある通り
『靴底を持った男』である。


靴を持つ、では無い。
靴底を持つ、だ。


はて、この靴底を持つ男という
不明瞭な文章から、あなた達は
何を着想するであろうか。



その日、俺は夕方から
兼ねてから大好きなアーティストの
ライブを見に行く予定があった。


2、3年前に購入した
Dr.マーチンのパチモンのヤスモンの
ブーツを履いて家に出た。


もしもタイムスリップが出来るのなら、
俺は確実にその靴を履いて外に出るという
選択をした瞬間の俺に
『それだけはやめておけ』と言い残し
未来に戻るだろう。



最寄りの駅まで向かう最中、
何やら右の靴の様子がよろしくない。
変な音がする。

よく見ると
靴底が爪先の方から剥がれかかっている

少しギョッとしたが、
そこまで悲惨な状態でも無く
『まぁ次こそはちゃんとマーチン買うかぁ』
くらいにしか思わなかった。

もしもタイムスリップが出来るのなら、
俺は靴底が剥がれかかっているにも
関わらずどこか楽観的な俺に
『今すぐ帰宅して靴を選び直せ』
そう言い残し未来に戻るだろう。


そのライブ会場は一度
都心の駅を経由しなくてはならなかった。

その駅の改札を出た。
都心なのでもちろん人は多い。
加えて日曜日だと言うのに
園児が沢山いた。


楽観的ではあったものの、
剥がれかかっている靴に
これ以上の負荷を与えない
最大の配慮をした歩き方をしていた。

だが歩みを重ねるに連れて
事態は急速に悪化する。






突如として靴底が全剥がれした。




時が止まった。
生き別れの兄弟に会ったみたいな感覚だ。


さっきまで爪先だけの軽傷から
突如全部剥がれたのである。
どんな名医にも敵いっこない。

よりにもよってかなり
人通りが多い駅の改札で、だ。

周囲の視線など感じる余裕すらなかった。
ただ園児達が『靴底全剥がれ男』を
目の当たりにして笑うでも無く、
ただただ怪訝なリアクションをしていた。
それもそうだ。
園児達のまだ浅い人生の中で
初めて見る光景だっただろう。
それは喜怒哀楽のどれにも当てはまらない
奇怪な光景だ。
トラウマさえ植え付けてしまったかも知れない。
本当に申し訳ない。



とにかく場を離れたい。
俺は靴底を拾った。

皆さんは、靴底を拾った事は有るだろうか?
靴ではない。
靴底単体だ。

俺はもちろん無かった。
靴底を単体で拾う事なんて、
後にも先にもこれだけにしたい。


幸い、ブーツの靴底が剥がれても
こじんまりとした革靴に変化しただけで
歩行に支障はなかった。


ただブーツの靴底はデカい。
その日俺は小さなポシェットしか
携帯しておらず、手で持つことしか
出来なかった。


片方の靴底が無い人が居たとして、
そもそも誰もそんな他人の足元に
注目して生きていないし、別に
良いじゃんと思うだろう。


しかし、だ。


靴底を持って歩いてる人がいたら、
異様だろう?
靴底を持っている人が居たら、
いくら他人に興味がなくとも
視界に入るのだ。

そして靴底を持っている人間を見たら、
次に恐らくその人の靴を見るだろう。

片方の靴底を失っている事に
気付かれるまでの段階が
用意されてしまっている。

そんな段階は用意したくない。
人々のかけがえのない数秒を
クソみたいな光景で奪いたくない。



つまり靴底を持っている事が1番厄介なのだ。


とにかく、人通りの少ないところに行きたい。
人通りの少ない所に行くまでが
とにかく恥ずい。
靴底が憎い。

そして、やっとの思いで
後で回収するというテイで原っぱに隠した。

ようやくハンディ靴底から
逃れられた訳だが、やはり
そうなってくるとアシンメトリーな
靴の状態が気になってくる。

なんだかんだ言って、
他人の靴って結構見るくない?
ってか後ろの人笑ってない?
いや全員笑ってない?


そんな疑心が全ての脳細胞を犯し始めた。

じゃあ、左の靴底も剥がしてしまえばいい。
そしたら普通の状態になる。
普通というものが、
これだけ尊いものなんだと
気付かされた。


左の方の靴底の様子を見てみた。
ちょっと剥がしてみた。
そしたら、ベリっと、なんというか、
ほんの少しの力で半分くらい剥がれた。





お前もだいぶガタきてたんかい。



俺は焦った。
さっきの急性全剥がれ症が脳裏をよぎる。

というか、どっかのコンビニで
袋を買ってから個室トイレで剥がしたら
良かったものの、とにかく俺は
気が動転、狼狽していたので
冷静なムーブが出来なかったのだ。


マズイ、左の方もだいぶキテる。
というか、だいぶダメージを与えてしまった。


猛烈に噛みそうな犬を撫でるような感覚で
そーっと、そーっと歩きながら
コンビニに向かった。

そして袋をGETし、あとはトイレに向かう。
トイレにさえ辿り着けば勝利だ。
いや、靴底を失った時点で負けている。


トイレに行くには1番人通りが多い所を
経由しなくてはならない。
もう良いって。
これ以上俺を経由さすな。


あと少し、あと少しで着く。










再び靴底が全剥がれした。








まただ。
周囲の視線を感じる余裕は、ない。
ある訳がない。
さっきと似たような光景、
さっきと同じように靴底を拾う、
あんな思いは二度としたくないと
思った矢先、
あまりにも早い二度目が来た。


俺は急いで個室トイレに向かう。



こうなってくると、この区域全員が
俺の噂話をしている感覚に陥る。

・さっき靴底が剥がれた男がいた
・ねぇママ、靴が分解した人が居たよ
・靴底を持ち彷徨っている人間がいた


もはや恥ずかしさなどは悠に通り越し、
開き直っていた自分がいた。



そして右側の靴底も回収した。



この経験からして俺が得た知見をひとつ。


靴底の予備は持ち歩こう!




終わりです。