『孤高の悪女は堅物旦那様に甘やかされたい ―悪妻ですがあなたのことが大好きです―』を試し読み | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

本日は一迅社文庫アイリス2月刊の試し読みをお届けいたします(*''▽'')

試し読み第1弾は……
『孤高の悪女は堅物旦那様に甘やかされたい ―悪妻ですがあなたのことが大好きです―』

著:藍川竜樹 絵:くまの柚子

★STORY★
「私とともに伯爵家領を守ってもらいたい」
魔導師の力を見込まれ、政略結婚で辺境の伯爵夫人となったヴァネッサ。悪妻と噂され周囲や夫から距離を置かれた彼女は、領地を守るため魔物と一人戦い無残に死亡ーーしたはずが、なぜか過去に戻っていた!? 誰にも認められなくても今度こそ領地を守る! そう意気込んでやり直した人生では、不仲だったはずの夫の様子が変わってきて!?
死に戻り魔導師妻と堅物騎士伯爵の無自覚溺愛×すれ違いラブ!

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「え? ご、ご領主様!?」

 ヴァネッサは驚いた。考え事をしていたら、突然、夫が上から降ってきた。
 婚約以降、式と出撃準備の合間に、「教えを乞うように」とあわただしくロゴス夫人に引き合わされて以来、ヴァネッサに近づいたこともない彼がなぜここに。
 驚いていると彼がヴァネッサの腕をつかみ、強引に立たせた。叱りつける。

「馬鹿、なぜなすがままになっているっ」

 そして彼は剣を抜き、ネズミたちに向かってふるおうとした。

「や、やめてくださいっ」

 一瞬呆然として、ヴァネッサはあわてて止めた。貴族が苦手だなどと言っていられない。大事な友だちが蹴散らされてしまう。
 謹厳を通り越して怖くすらある顔の夫に説明する。

「〈守護陣の定期点検〉をしたくても本館には入れなかったので、この子たちが手伝ってくれていただけです」

 信じてはくれたようだ。彼が剣を鞘に収める。が、険しい顔は崩さない。問いかけてきた。

「そういう事情なら、なぜ私に助力を乞わない」
「え?」
「門番に拒まれ城に入れなかったというなら私に要請すればいい話だろう。なぜ、そこを飛ばして人ではなく魔物に助勢を乞う」

(……城内にいるご領主様に、城の中に入れない私がどうやって要請しろと)

 つい、白い目になってしまう。手紙を出せばいいと言われるかもしれないが、書いても届けてくれる人がいない。そもそも夫に話しかけるのはロゴス夫人と対する以上に壁があるのだ。なにしろまともに話をしたのは彼が求婚に訪れたときだけだ。
 そのときも父母を交えて一言二言話しただけで、次に会ったのは結婚式。実家を発ちこの地についたとたんに式だった。招待客がもう揃っていると聞かされて急いで衣装を替えて聖堂にいくと彼はすでに祭壇前で待っていた。私語を交わす暇もなかった。

(しかも式の途中で出陣して、帰ってきたらタチアナ様につききりだったのですけど)

 その後はすぐヴァネッサが城から追われた。一つ屋根の下で暮らしたことさえない。
 領の防衛に近隣領主との同盟交渉にと留守がちな夫からは「忙しい、話しかけるな」な空気がすごかったし、そもそも彼はロゴス夫人を信頼して後をまかせている。なのに夫人との不和がうかがえる要請をすれば「魔導師として見込んで妻にしたのに問題ばかり起こしている」とますます疎まれるだけだ。タチアナが戻った今、ヴァネッサはお邪魔虫でしかないのだから。早まって結婚などをしなければ、彼は戻ってきたタチアナの手を取れたのだ。
 現に彼は結婚以来一度もヴァネッサに伯爵夫人としての義務を求めたことはない。最初から魔導師としてのヴァネッサしか求めていない。婚姻時に交わした結婚契約でも、ヴァネッサがこの地を守ることと引き換えに、マルス家がドラコルル家の後ろ盾になる、としか書かれていなかった。そうなるとせっかく得られた貴族の後ろ盾を失う真似は、実家を愛するヴァネッサにはできない。そんな相手にどう言って対話の時間をもてと。

(そんな状況で相談なんてできるわけないでしょう。城内に敵がいるかもなんて言ったら気を悪くする。調査もさせてもらえない。だって根拠が〈私が死に戻ったから〉だけだもの)

 帽子のつばに手をかけ、ヴァネッサは警戒して身を固くする。そんなことを言って誰が信じる。それ以前に死に戻りのことを知られるわけにはいかない。どう言い訳をしても魔物の侵入を許したのはヴァネッサの不手際だ。妻としてだけでなく、魔導師としても力不足だと知られてしまう。
 そうなれば彼は実家にどんな文句を言うかわからない。教義により離縁はできないから代わりの、もっと腕の立つ魔導師を寄こせと言うかもしれない。魔導一族といっても無尽蔵に使い手がいるわけではないのだ。無理を通されたらドラコルル家が立ちいかない。
 警戒心でハリネズミのようになっていると、ぐいと帽子のつばを持ち上げられた。

「顔が見えない」

 いや、見られないように深くかぶっているのだ。
 あわててつばを下ろす。
 が、また上げられた。しかたなく、またヴァネッサはつばを下ろす。
 しばらく、上げて、下ろしての無言の攻防が続いて、彼が盛大に眉をひそめた。

「その帽子になにか意味があるのか」
「……ま、魔女は日焼けしてはいけないのです」

 かろうじて答える。目さえ合わなければ彼ともなんとか話せる。が、帽子がなくなれば終わりだ。ヴァネッサは自己弁護もできず、森番小屋に強制送還されるだろう。

「夫に、顔も見せてくれないのか?」

 彼が言った。少し傷ついたような響きが合った。
 それを聞いて思った。彼とこんなに長い時間向かいあっているのは初めてだ。目の前に立ち塞がるこの人が夫だという事実が不思議な感じがする。
 彼がため息をついた。

「……夫としてだけでなく、城主としても私はそんなに信用に値しない男か。ダヴィドの言うとおりだな。私たちは互いの時間をとらなすぎた」

 そのときだ。

「ご領主様、こちらにおられたのですか」

 城の侍女らしきお仕着せの娘が小走りにやってきた。

「タチアナ様とロゴス夫人が先ほどからお待ちです。もう仮縫いは始まって……」

 そこまで言って彼女はヴァネッサに気づいたのだろう。はっとしたように足を止める。
 気まずい沈黙が下りた。
 それを破るように、アルベルトが言う。

「ヴァネッサ。今夜は私と食事をともにしてくれないか。二人で話そう」
「え?」
「今はタチアナのところへ向かわなくてはならない。君と話すのは無理だ」

 堂々と「タチアナ」と従妹を優先させて彼が言う。

「だからその後に時間を作る。いろいろと立て込んでいるので最速で夕食時になると思う。今ならまだ厨房も仕込みに入っていないだろう。メニューの変更にも対応できる。なにか希望はあるか? 食事をとりながらの会話は心もほぐれる。最適な会談法だと思うが」

 どうだ、なにか意見は? と問いかけられた。

「この件はそのときに聞こう。君が城や私を苦手としていることは知っているが、さすがに夫婦……いや、城主と城主夫人として今の有り方はおかしい。互いに歩み寄る姿勢が必要だと思う。話す時間を作ろう」

 きっぱりと言いつつ、時の経過を気にするように空の陽を見上げる。昼の垂直な日差しが、彼の彫りの深い鼻梁に陰りをつくり、顔色を悪く見せた。彼がつかれているように感じて、ヴァネッサは、ああ、そうかと思った。

(私、自分だけがこの結婚の被害者だと思っていたけど、この人だってそうだ)

 ロゴス夫人からさんざん聞かされた。彼がいかにタチアナを愛していたかを。なのにこの人はヴァネッサがいるからタチアナとは結ばれない。彼もまた悲劇の人なのだ。
 それでもこちらの話を聞こうと言ってくれる。この地を守る領主として。夫としてどうかと思うが城主としては真面目な人なのだ。
 なら、自分も魔導師として大人にならないといけないと思った。どちらにせよ〈敵〉に立ち向かうなら今のままでは駄目なのだ。
 今まで人と向かい合うのが怖くて逃げてばかりいた。この地に来てからもロゴス夫人に言われるがままに森番小屋に引きこもっていた。そのつけが今来ている。

(これは政略結婚。夫に愛されない寂しさなど覚悟していたはずなのに)

 どんな手段でもいい。城内に人間の味方も作らなければなにもできない。そうなるとこれは好機だ。城主からの正式な招きならロゴス夫人も拒めない。堂々と城に入れる。それどころかこの感触からして城の防衛のためと説明すれば〈契約主〉探しに便宜をはかってくれるかもしれない。この城には彼の大事なタチアナもいるのだ。彼女を守るためだと言えばきっと協力してくれる。

(だって私は魔導師としての腕をかわれてこの城に招かれたのだから)

 勇気を出さないと。
 ヴァネッサはこくりとうなずくと、正餐の席への出席を受諾したのだった。




「まあ、タチアナ様、もっとお食べにならないと。ねえ、アルベルト様」
「ああ、そうだな」
「料理長のニコルが好物ばかり用意したのにすっかり食が細くなられて。お好きな雉肉も用意しようとザカールに獲りに行かせたけど、間に合わなかったんです。あの男は従者のくせに気まぐれで。ふらっと森にこもると数日帰らないこともざらで。役に立たないったら。タチアナ様、雉は明日には用意させますからね。ああ、こんなに痩せてしまわれて」
「泣かないでロゴス夫人、私まで哀しくなってしまうわ。頑張ってもう一口食べるから」
「まあ、なんてお優しい、ニコルも喜びますわ。ねえ、アルベルト様」

 蝋燭がふんだんにともった豪奢な城の食堂で、席に着いたタチアナと給仕として控えたロゴス夫人が和やかに話している。そしてそれを見守る夫の姿。他の給仕たちも主一族のやりとりを微笑ましげに見守っている。一枚の幸せな家族の絵だ。
 その分、同席しているヴァネッサの場違い感が半端ではない。さすがに室内での帽子着用は無理なので、隠しようのない怖い魔女顔が盛大に引きつっているのが自分でもわかる。
 グラスに入った水をとる。が、とっくに空だ。給仕たちはすべて長い卓の上座側に控えているから、末席のここまでは来てもらえない。しかたなくヴァネッサはグラスを卓に戻した。

(早く帰りたい……)

 居心地が悪すぎて気分まで悪くなってきた。どうしてこんな家族劇を見ていなくてはならないのだろう。ヴァネッサはそっとため息をついた。
 ネズミ魔物たちといるところをアルベルトに見つかって、正餐の席に招待されてから時が過ぎ、今は夕刻となっていた。正餐の時間だ。
 半刻ほど前、ヴァネッサはせいいっぱい着飾り本館を訪れたのだ。アルベルトの指示が届いていたのか門番に入城を拒まれることもなく食堂に到着すると「あ」と声がした。
 タチアナだ。
 彼女がすでにそこにいた。ヴァネッサが来るとは思わなかったのか目を丸くしてこちらを見ている。

「あ……」

 どう言葉をかけていいかわからなかった。二人で話そうと誘われたはずなのに、なぜタチアナがいるのか。それに久しぶりに間近で見る彼女は見覚えのある淡いピンクのドレスを着ていた。

(あれ、私のドレス……!)

 思わず顔が強張った。
 異国から戻った彼女が身の回りの品が揃っていないと仕立屋を呼んだのは前の生でも知っていた。普段使いのものはともかく仕立てに時間のかかる正装用のドレスは数が足りていないのだろう。だからだろうか。彼女はヴァネッサが実家から持参したドレスを着ていた。


~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~

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