『ランバート公爵家の侍女はご領主様の補佐役です』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

本日も来週、2月20日発売の新刊の試し読みをお届けいたします(≧▽≦)

試し読み第2弾は……
『ランバート公爵家の侍女はご領主様の補佐役です 没落令嬢は仕事の合間に求愛されています』

著:佐槻奏多(さつき かなた) 絵:鳥飼やすゆき

★STORY★
ダメ親の代理で領地を運営していた子爵令嬢リィラは、両親が残した莫大な借金のせいで、身一つで追い出されることに。そこで彼女は、貴族らしい生活をすっぱりと諦めて、開拓村で生きていくことを決めたのだけれど……。以前「騎士の誓い」を捧げてくれた元騎士で、いまや次期公爵となったセドリックがこの村にいると気づいて!?
侍女兼領主補佐になった没落令嬢の領地開拓ラブファンタジー!
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「捨てられた村って、こうなるのね……」
 
 リィラはぽつりとつぶやく。
 目の前にあるのは、天井に穴が開いた木造の家。
 辺りには、同じように屋根や壁が一部壊れた家が点在していた。
 家々を囲む木の柵の外は、白樺の林が広がっている。その向こうに見える山には、人家どころか、山道すら見えない。
 リィラは、そんな辺境地にある捨てられた村に入植するため、やってきていた。
 入植者のほとんどは、自分の畑を持ちたい人や、新しい棲み家を探しに来た人たちだ。でもリィラだけは少し毛色が違う。
 リィラは亡き両親の借金で没落した、元子爵家の娘だ。けれど、みんながリィラのことを平民だと信じてくれているのは、質素な衣服を着ているからだろう。
 ゆるく波打つ桜色の髪を三角巾で覆い、生成りの上着と赤茶色のスカートを着ていたから。
 それに没落する貴族は珍しくないものの、いち村人にまでなることはまずない。
 たいていの元貴族令嬢は家庭教師になったり、家名を欲しがった裕福な商家に嫁ぐものだ。
 リィラはそんな伝手もなかったので、身一つで生きて行く術を探した。
 その結果、めぐりめぐって開拓村に入植することになったのだけど……。

「まさか全部の家が、穴が開いていたり、壁や屋根が壊れてるとは思わなかったわ」

 ここは魔獣の襲撃にあって、開拓途中で放棄された村だ。
 なので雨風にさらされて壊れたり、魔獣が壊した部分もあるとは思っていたが……。
 入植者と一緒にやってきた新しい領主たちは、こんな状態だと知らなかったらしい。
 近くでは大工のグレアムが、今後のことを領主の補佐官と厳しい表情で話し合っていた。
 でも全く結論が出ないまま、リィラたちは各々の荷物を満載した馬車に乗ったまま、一時間ほど次の行動を待たされ続けている。

(早く家を整えないと、暗くなる時間までに寝泊りできる状態にできないのにな)

 みんな家財や仕事道具を満載した馬車で来ているのだ。それを家に搬入するだけでも時間がかかるのだ。
 焦れたリィラは、少し考えてグレアムたちの方に近寄る。
 グレアムの側には、彼の妻バーサがいた。
 バーサは、グレアムたちの話を渋い顔で聞いている。五十代の貫禄が増してきているバーサが難しい表情で時折睨んでいるせいか、若い補佐官がびくびくしていた。
 そんなバーサの側へ行くと、リィラにも補佐官たちの話の内容がはっきりと聞き取れる。
 ほとんどの家が、壊れていること。
 家は三十軒以上もあって、五十人の入植者が入居できる十分な数があることもわかった。
 亜麻色の髪を首元で結んだ若い補佐官は、修理してから入居をさせたいらしい。
 なので今日は野宿を……と言うが、グレアムは今入居させた方がいい、と説得している。
 二人の話し合いを横目に、リィラはバーサに話を振った。

「バーサさーん、夕飯はどうします?」

 バーサは子爵家でリィラと仲良くしてくれていたメイドの姉だ。リィラが天涯孤独になった時、メイドがバーサの家に置いてくれないかと頼んでくれて、今は一緒に暮らしている。

「早めに作りたいんだけどねぇ。住む場所のことが決まらないと。ご領主様は家に穴が開いているのが不安らしくて、なかなか許可を下さらないんだよ」

 リィラは期待通りの返答に、にっこりと微笑んで、やや大きな声で言った。

「どうしてなんでしょうか? 穴が開いてる屋根は、蝋引きした布をかぶせておけば雨をしのげますし、壁も穴だけなら自力で直せますよ?」

 すると、グレアムがこちらを振り返った。

「そうだよな。リィラなら天井に穴があるぐらいなら、一か月はしのげるだろう?」
「もちろんです、グレアムさん。春も半ばですから、寒の戻りがあっても暖炉さえ使えれば寒くありませんし、馬車で寝泊りするよりも楽ですよ」
「ええと、そんなもんですか……?」

 おろおろとする補佐官に、グレアムはうなずいた。

「そんなもんです。だから入居させましょう、補佐官様」
「しかし入居先の決め方は……」

 だんだんまだるっこしくなり、リィラがつい口をはさむ。

「入植者を二つの集団に分けて、左右の端から家を見ていってもらってはどうでしょう? 各自で住めると思えた家に決めてもらい、希望が重なったら話し合ってもらえばいいんですよ。こじれそうな時だけ、補佐官様に手伝っていただければ大丈夫ではないでしょうか」
「そうだな。リィラの言う通りだ」
「そ、それでいいなら」

 グレアムの押しにうなずいた補佐官は、ふっとリィラに声をかけようとした。

「せっかくですから、そのお嬢さんにもう少し参考意見を聞きたいのですが……」
「えっ」

 意見を聞かれるのは嬉しい。
 だけど答えようとした時、リィラはこちらに近づく人に気がついた。

 ――彼にだけは見つかりたくない。

「その、用事を思い出しました、失礼します!」

 リィラは焦って言うと、一目散に走って逃げた。
 手近な馬車の陰に隠れ、ほっと息をつく。それからさっきまでいた場所をのぞき見た。
 問題の人物は、補佐官とグレアムの話に加わっていた。
 銀色の髪が太陽の光できらめく。
 その下にあるのは、美しいと表現するしかない彫像のような顔立ちと、湖面のような青い瞳。そんな彼を引き立てるような裾長の上着は、瑠璃色の騎士服で、内側には白いシャツと、上着と共布のベストを身に着けているようだ。
 左肩にだけかける形のペリースマントと革靴は黒で、彼の近くに控えている兵士たちとそこだけは色合いが同じだった。
 彼の視線は、グレアムがさっと書いてみせた村の簡単な図に向けられている。
 その様子からすると、リィラのことには気づいていないようだ。
 なにせ一目でも見られてしまえば、すぐに彼にはわかってしまうはず。

 ――メルディエ子爵令嬢リィラだ、と。

 一方の彼は、話をすぐに理解してうなずき、補佐官に指示した。

「デイル、大工の言う通りにしてくれ」
「承知いたしました、セドリック様」

 デイルと呼ばれた補佐官が一礼した。
 セドリック・レアン・ランバート。公爵家の唯一の公子。
 そして村の再開拓をしにやってきた領主で――リィラに騎士の誓いをした人だ。


   ※※※


 デイルに指示をした彼は、周囲を見回す。
 ここにいたはずの人は大急ぎで逃げ去り、姿が見えなくなっていた。

「どうかしましたか?」

 補佐官のデイルに尋ねられ、セドリックは答える。

「先ほど、もう一人ここにいたようだが……」
「大工のお嬢さんだそうですよ。賢そうな人でした」

 デイルが珍しく人のことをほめたので、セドリックはちょっと目を見開いてしまう。
 代々公爵家の執事をしている家に生まれたデイルは、その誇りゆえに他人を厳しく審査しがちだ。そんなデイルが認めるのだから、よほど『彼女』にハッとさせられたらしい。

(まぁ、俺でさえも驚かされるほど賢い人だったから)

 内心で、セドリックは鼻が高くなる。

「……うちの娘になにか?」

 いぶかしげに言う大工のグレアムに、セドリックはしまったと思う。
 彼女を庇護している人間に警戒されては困る。どうにかして彼女と話したいのに……。
 どう対処するべきかと迷っていたら、思わぬ助け船がやってきた。

「もしかして、リィラのことを知っていらっしゃる? やっぱりねぇ、元貴族ともなればそれなりに交流があるでしょうしねぇ」

 大工の妻バーサだ。セドリックはほっとして彼女にうなずいた。

「その通りだ。以前彼女と交流があって……。両親に不幸があった後、行方がわからなくなって探していたんだ」
「えっ、あのお嬢さんが、セドリック様の知り合い?」

 隣で話を聞いていたデイルが驚いている。たぶん、リィラのことを教えていなかったからだ。
 だが、今はバーサとの話が大事なので放置する。バーサが自分の助け手になってくれるかもしれないのに、機会を逃したくなかった。

「やっぱりそうだったんですね。あの子も避けてはいるものの、公子様を気にしてもいたものですから……。どんな関係なのかしら? と思っていました」

 どうやらバーサは、リィラがセドリックを避けていると知っていたらしい。
 ただ、リィラが自分を避ける理由もセドリックには想像がついた。

「もしかすると、現状を知られたくないのかもしれないな。貴族令嬢だった人が、今は平民として暮らしているところを、他の貴族に見られるのは気まずいだろう」

 セドリックの言葉に、バーサはうんうんと同意した。

「そうですよねぇ。本当に不憫な子で。親が借金をしたせいで、家も領地も取り上げられて放り出されるだなんて……」

 バーサが頬に手をあててため息をつく。セドリックはそんなバーサに話を振った。

「実は、彼女を公爵家で保護したいのだが……。彼女は信念が固い人だ。ただ守られるのをよしとしないかもしれない人だから、困っていたんだが」
「わかります。頑固な子ですから」

 同意してくれたバーサに、セドリックはうなずく。
 普通、権力者の知り合いがいたら『助けてほしい』と飛びつくだろうに、リィラはセドリックへ窮状を訴えなかったのだ。
 おかげで痕跡が少なすぎて、彼女の行方がわからずにいた。
 そんなリィラだから、何も気づかないふりをしたら、村娘としてこの開拓村で一生を終えるのだと思う。
 それは困る。どうにかして、リィラに自分の側にいてほしい。そのために彼女を探していたのだから、この好機を逃したくはなかった。

「では、手を貸してもらえないだろうか。時間はかかるだろうが、説得したい」
「そうしていただけると、私も安心ですよ」

 バーサはセドリックの差し出した手を握った。
 ここに、リィラが知らぬ間に同盟が結ばれたのだった。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~