『「急募:俺と結婚してください!」の看板を掲げる勇者様と結婚したら溺愛されることになりました』を | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

本日もアイリスNEO4月の新刊の試し読みをお贈りいたします(≧▽≦)

試し読み第2弾は……
『「急募:俺と結婚してください!」の看板を掲げる勇者様と結婚したら溺愛されることになりました』

著:待鳥園子 絵:Shabon

★STORY★
社交界デビューをして一年。大人気の親友の隣で、誰からも相手をされない伯爵令嬢フィオナ。今夜もまた彼女が一人で過ごしていると、憧れていた侯爵令息が親友と人目を忍んで談笑していた! 衝撃的な光景を見た彼女は、悲しみに沈みながら帰宅していたのだけれど……。
自己肯定感ゼロの薄幸令嬢と、彼女を溺愛する勇者の結婚ラブファンタジー。

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 もし、あなたに美しくて優しくて、完璧だと言える最高の親友が居たとする。
 そんな子が傍に居るならば、きっと誰だって親友を大好きになってしまうはず。私もそう。
 けど、親友が同じ年頃の同性であるならば、ことある毎に比較され、彼女の方が上だと思い知らされるたびに、こう思ってしまうだろう。
 自分は誰の目から見てもあの子より劣っていて、本当に駄目な存在なんだって。
 彼女への褒め言葉を聞くたびに、微笑みながら思ってしまうのだ。
 では、その隣に居る私には、褒めるところが何もないのかしら? と。
 ノワール伯爵家二番目の娘フィオナ・ノワールである私の幼馴染みで親友のジャスティナ・エリュロトンは、多くの貴族が集う社交界にあっても美しく華やかな容姿、まばゆい金髪と新緑を思わせる瞳を持ち、聡明で機知に富んだ会話が出来るなど多くの美点を持つ、とても素敵な女性だ。
 性格も明るくて優しくて、私だって大好きだ。
 私たち二人は同い年の幼馴染みで親同士だって仲が良いから、近くにあるお互いの邸を行き来してどんどん交流を深めていった。
 ジャスティナの幼い頃は、人見知りで引っ込み思案だった。
 けれど、まるで花のつぼみがほころんで行くように、大人になるにつれ美しく気高い薔薇のような素敵な女性へと成長した。
 私は当たり前のようにそんな彼女が大好きだったので、お茶会にも夜会にも常に二人で連れ立って出席し、ともに楽しんだものだ。
 社交界デビューを果たし、ただ仲良しだと無邪気で居られた時を過ぎて、彼女の素晴らしさを褒めそやす異性の美辞麗句を聞くたびに、私の心の中にはどす黒い何かが渦巻くようになってしまった。
 では、私はどうなのかしら? と聞きたいけど聞けなかった。
 ジャスティナを褒める彼らだってそう思っているのなら、口にしているはずだもの。
 礼儀ある紳士で大人だから、あからさまにジャスティナと私を比較したりなんてしない。
 けど、その隣に居る私のことには一切触れない。不自然なくらいに。
 口に出さなくても、彼らが言いたいことはわかった。
 社交界デビューをしてから一年経ち、ジャスティナと私はいまだ婚約者が決まっていない。
 けれど、彼女は降るようにやって来る縁談を前に迷っているだけだし、私には縁談は来ない。
 ほんの少し前までは「ジャスティナは確かに美しくて素晴らしい女性だけど、きっと私の良さを評価してくれる人だって居るはず」と、前向きに思えていた。
 大多数の人はジャスティナのことが好きかもしれないけど、こんな私を気に入ってくれる物好きな人だって、少数派かもしれないけど居るはずだと。
 そう思って居たけど、今夜の夜会で私が憧れているヴェルデ侯爵家の跡継ぎエミリオ様とジャスティナが人目を避けるように楽しそうに談笑しているところを目撃してしまった時に、ジャスティナのように気高くありたいと思っていた私の心は見事に折れた。
 ジャスティナには一言声をかけてから帰ろうと、そう思っただけなんだけど……あんなに、楽しそうに話していたんだもの。
 きっと、一緒に来た私のことなんて忘れているに決まっている。
 エミリオ様に憧れていると以前ジャスティナに打ち明けたことなんて、彼女はもう忘れてしまっているのだろう。
 城から帰りの馬車にある小さな窓から外を見れば、今の私の心を映すようなはっきりしない雨模様だった。
 暗くなった黒い窓には、浮かない表情を浮かべた自分の顔が映っていた。
 ゆるく巻いた栗色の髪に、薄い緑色の瞳。自分ではそう悪くないと思えるまだ幼さの残るこの顔だって、美しく容姿が良いことが当然な貴族社会においては平均にも及ばないのだろう。
 家族には愛されて近しい人たちには可愛いとは言ってもらえていたから、自らを知らずにずっと勘違いをして恥ずかしい。
 末っ子の私はお兄様やお姉様から、何年か遅くに生まれた。
 歳の離れた末娘を家族全員で可愛がるなんて、当たり前だ。
 このままでは、誰一人にも声を掛けてもらえずに、壁の花になる運命が待っているだろう。
 きっと私に甘いお父様もお母様も、娘がこんな事態に陥っているなんて、思っていない。
 結婚相手が決まらない独身の貴族令嬢の行く先は、修道院か……職業婦人として家庭教師になるしかない。
 ふと窓に映る自分から目線を離すと誰かが木製の手持ち看板を掲げ、道ゆく人に必死に叫んでいる光景が目に入った。
 まるで何かに吸い寄せられるように視線を向け、彼は何をそんなにも主張しているのだろうと私は気になった。
 いつもの私なら、気にも留めないことだったのかもしれない。
 だけど、この時は、絶望的に沈んでしまった気持ちを少しでも紛らわせたかった。
 美しいジャスティナと比較して、私を選んでくれる男性なんて、居る訳がない。
 今自分が居る辛い現実を、直視なんてしたくなかった。
 私は馬車の御者台に座る御者に知らせるために、コンコンと前の壁を叩いた。

「ここで、停めてちょうだい」
「……フィオナお嬢様? どうかなさいましたか。ご気分でも?」

 驚いた声は私が珍しく車酔いでもしたのかと、心配しているようだ。

「いいえ。少し……用を思い出したわ。貴方たちは、ここで待っていて」

 雨足の強くなってきた中で早く帰りつき温まりたかっただろう御者は、何を言っているのだろうと不思議に思ったはず。
 けれど、どんなに不自然であろうと自らが仕えるノワール伯爵家の娘の指示に、御者の彼が逆らうことはできない。
 短い馬のいななきと共に、車輪が鈍い音を立てて馬車は停まり、私は迷いなく戸を開けた。
 夜会用の重たいドレスが水に濡れてしまうのもお構いなしに、私は手持ち看板を持っていた背の高い男性を見た。
 暗い雨の中で目を凝らせば、彼は酒場の軒先で『急募:俺と結婚してください』と、大きく書かれた手持ち看板を持っていた。
 広い敷地を持つ庶民的な酒場は、煌々と照明が灯っている。
 その軒先のバルコニーでは、天気が良ければお酒を飲むことができるように、一段高くなっていて、その場所に立って居る彼は、とても目立っていた。
 少し距離があるから何を言っているのかはわからないけれど、雨の中をまばらに歩く人たちに呼びかけていることはわかる。
 どう考えてもそんな変な人と結婚したい女性なんて居る訳がないから、誰からの反応もなく素通りされていた。
 雨も降っているし、家路を急ぐ、いくつもの傘が彼の前を横切っていった。
 誰かにこれを言えば、きっとどうかしていると思われそうだけど、私は懸命に呼び掛けている彼に興味が湧いてしまった。
 どうか結婚してくださいと街頭で呼び掛けるくらいならば、良いところが何ひとつない私だって良いはずだ。
 相手に困っている彼なら、こんな私とだって結婚してくれるかもしれない。
 ドレスの裾を持った私は傘も差さずに、彼へと駆け寄り、彼の顔を見て目を見張った。
 驚くほどに造作の整った、美しい男性だったから。
 きっと、今夜が彼の顔が見えないような、傘を差さないと歩けない雨の日でなければ、私のような物好きな女性だって何人かは居たのかもしれない。
 背も高くて均整の取れた体つきの男性が、ただそこにいるというだけで、目を留める人も多いはずだ。
 彼が纏っている服は、まるで身軽な冒険者のようだ。腰には長い剣が見えた。長剣を使って魔物と戦う、剣士なのかもしれない。
 女性側から是非結婚して欲しいとお願いされそうなのに、なぜ彼はこんなところで結婚相手を募っているの?
 混乱してしまった私は、もしかしたら、彼は自分が思っているような人ではないのかもしれないと、その時に気がついた。
 けれど、こうしてお互いを認識出来るほどに近づいてしまったからには、あっさりと回れ右して後戻りすることもできない。
 彼は近づいてきた私のことを認識してから、まさかと言わんばかりの、とても驚いた顔をしたから。
 何歩か進めば手を取り合えるほど近い距離に居る彼と、はっきりと視線が合った。彼はぽかんとして、不思議そうに私を見ている。
 このまま二人見つめ合ったままで、黙っている訳にもいかない。

「あのっ……」

 呼びかけるように声を出せば、彼は我に返って私の方へと走り寄って来た。

「はいっ? え。何々! もしかして、貴族のお嬢様!? なんで、こんなところに……どうぞどうぞ、こちらへ。雨に濡れてしまいますので」

 彼はこんな飲み屋街には、どう考えても不釣り合いな高価な生地を使った夜会用ドレスを着ている私を見て、また驚いたようだった。
 酒場の屋根のある軒先で手持ち看板を持っていた彼は、私を雨に濡れない場所にまで案内して、今見ている光景が信じられないと言いたげに目を何回か瞬きをしてから言った。

「……え? あの……? もしかして、まさか……」

 灯りの下ではっきりと見えた彼は、金髪碧眼で完璧に整った美貌の持ち主だった。
 服さえ高級なものへと着替えてしまえば、実は王子様のお忍びだと言っても通るかもしれない。
 あんなに主張がわかりやすい手持ち看板を持っていたのに、彼本人だって応募に応える女性が現れるなんて、夢にも思っていなかったのかもしれない。
 現に彼の前に立ち止まったのは、私一人だけだもの。
 意向をうかがうように無言でこちらを真剣にじっと見つめてくるので、私は急に恥ずかしくなってしまった。
 こんなに美形の男性があんなことをするなんて、絶対におかしいのに。
 悪い人に騙されてしまうかもしれないのに。
 私はここから、自分で動くことができないの。

「……あの……もしかして。困ってます? 私……」
「めっちゃくちゃ!! 困っています!! どうか、俺を人助けだと思って助けてください!!」

 私の言葉を最後まで聞く前に、彼は大きな声で言った。降り続く雨音をかき消すような迫力で。
 けど、別に怖くはなかった。
 その声には私に救いを求めるような、切実なものが込められていたからかもしれない。

「えっと……その……そうです。もし、私で良かったら……」

 私はここで彼になんて言えば良いか、わからなくなった。
 親友のジャスティナと憧れのエミリオ様が楽しそうに談笑しているのを見て、ほんの少し前に私みたいな人と結婚してくれるなら、誰でも良いとまで絶望していたのに。
 そうなんだけど……でも、なんだか、これって……私が考えていたのとは全然違っているみたい。

「嬉しいです! ご応募、ありがとうございます! 俺と、ぜひ結婚しましょう!!」

 明るく笑った彼は私の両手をぎゅっと握って、とても嬉しそうにそう言った。
 よくわからない流れで結婚を申し込まれて、自分でも信じられないことにすんなりと頷いてしまった私は、自分の手を包みこむ温かくて大きな彼の手をじっと見つめた。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~