原田マハさんの『板上に咲く』を読了しました。

 

 

 

原田マハ「板上に咲く MUNAKATA:Beyond Van Gogh 

 

私が棟方志功さんを初めて認識したのは、昭和50年(1975年)10月、12歳の誕生祝いでのことでした。

私が子どもの頃、父は私の誕生日には、いろいろなお店に連れて行ってお祝いしてくれました。まだ外食産業が盛んではなかった頃のことで、それは年に一度の晴れの日でした。

 

12歳の誕生日には、大阪の北新地にあった「スエヒロ」に連れて行ってもらって、ステーキを食べたのです。

現在の「スエヒロ」さんはしゃぶしゃぶ専門店のようですが、当時はステーキのお店だったと記憶しています。店の前に立ったとき、子ども心にも「ぜいたくなお店だなぁ」と思いました。店内に入ると、あちこちに、ふうがわりな絵が飾られているのが目に入りました。赤と黒が印象的な、太い線で描かれた独特な女性たちは、今まで見たこともないような作風で「変わった絵だなぁ」と、強烈に印象に残りました。

のちに、あれは絵ではなく版画だったこと、作者は世界的に有名な棟方志功という人だと知ったのでした。

スエヒロの先代の店主さんが棟方志功さんと古くから交友があったことから、棟方志功さんの作品を飾っておられたそうです。(今でもスエヒロ店内には棟方志功さんの作品が展示されています)

 

とはいえ、私は美術には本当に疎くて、棟方志功さんが有名な版画家だとわかってからも、どんな作品があるのか知ろうともせず過ごしてきました。頭の中にあるのは、12歳の時にスエヒロで見た作品だけだったのです。

 

さて、歳月は流れて約半世紀後、私はまた意図せず棟方志功さんに再会しました。

それは昨年(2023年)、青森市にねぶた祭を見に行ったときのこと。

昼は観光で青森県立美術館に行きました。お目当ては奈良美智さんの作品である巨大な「あおもり犬」。

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美術館の順路をたどっているとき、棟方志功さんの展示コーナーがあり、棟方志功さんが青森県出身であることを初めて知りました。そして棟方さんの自画像や、版木の実物などを拝見し、その流れで夜にねぶた祭を見て「ああ、棟方志功さんは確かに青森が生んだ天才なのだ」と納得しました。

と言うのも、内側から輝く「ねぶた」で圧倒的に迫ってくる色は赤色、周囲は夜の闇。

黒と赤の対比の美しさと力強さは、12歳の私が「スエヒロ」店内で見た、あの作品に直結していたのです。

 

 

前置きが長くなりました。

原田マハさんの『板上に咲く』は棟方志功の生涯を、妻であるチヤ(棟方千哉子)を中心に描いた物語です。

 

鍛冶屋の三男に産まれた棟方志功とチヤの出会い。

幼い頃から絵が上手だった棟方が、なかなか世に出ることができなかったこと。

目の悪かった棟方は、写実的な絵画より版画の方が自分に向いていると悟ったものの、

何枚でも複写ができる版画は、当時は絵画ほどの価値を認められず、食べていくことができないと考えたこと。

しかし、どうにかして版画を芸術に高めたいと考え、これまでにない作品を生み出していったこと……

 

どこか憎めない棟方志功と、夫を「世界のムナカタ」にするのだと支えるチヤが魅力的で、一気に読むことができました。

 

この作品中、棟方志功とチヤを導き続けるのはゴッホの「ひまわり」。

棟方志功は雑誌に掲載されたゴッホの「ひまわり」を初めて見たとき大感動し

「わだば(私は)ゴッホになる」と誓って芸術の道を歩み始めるのです。

だけど、ゴッホにはならずに世界の「ムナカタ」になりました。

棟方志功を奮い立たせたゴッホはというと、日本の浮世絵に影響を受けて素晴らしい作品を生み出したのです。この美しい循環に感動を覚えずには居られません。

 

また、視力が低いという、画家として致命的に思われる弱点が、棟方志功を絵画から版画へといざなったことにも深いものを感じました。

欠点や弱点はチャンスに変えることができるのだと。

 

棟方志功さんが亡くなったのは昭和50年(1975年)9月13日。

私は棟方志功さんが亡くなった翌月に、初めて棟方志功さんを知ったことになります。

芸術家は、その命が尽きても後世の人と出会うことができるということです。

 

浮世絵がゴッホを目覚めさせ、ゴッホが棟方志功を目覚めさせたように、今このときもどこかで誰かが先人の作品に出会い、自分の道を決めているのかも知れません。

 

 

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