約10年ほど前、、

歩くことに

なんの魅力も感じていなかったわたし😅


を!!


歩くに夢中にさせた二本のポール^_^



病んでいたわたしを

真っ暗闇から救ってくれたのが

二本のポールで歩くだった。


だから当然夢中になる。




30代までネガティブな自分じゃなかったはず‼️


が、

簡単にうつ病になった。

もう何度も書いて来たからここでは

書かないが、、


ただ、、

うつ病になって今は良かったと

思ってる、そんな気持ちがわかるから💕




そして、、、

元気溢れた頃に、、

そろそろ良いな!とばかりに私に用意された

息子の死という現実も、

歩くことで自分は必ず大丈夫だという確信が

あったから、

どんだけ苦しくても

歩くがまた私を救うだろうってわかりながら

歩いた。

本当にその通りで、、

私の激苦はなんなく消化された。



ここから本題です^_^




一番近くにいる家族を変えることが

一番難しい。


うそんこな思いならば、当然バレるから。



息子が亡くなったあと、


伊勢神宮まで約100キロ歩かない?と

パパに提案したわたし。


もちろん自分の口から出しておきながら

ほとんど冗談だったのに〜


いいよ!ってあっさり( ̄∀ ̄)

(いや、まじ、ひっくり返った)



こちらのがびっくりしたが、

きちんと実行した、、

ただ、想定外の腹痛やらにパパは襲われ

30キロ時点でアウトしたが、

そのあと、きちんと埋めるかのように、

次々に一日で歩く距離はぐんぐん伸ばしていった。


当然、、

その先には、海やら川やら山が

あるわけで、、


初めは海へ、

そしてだんだん山にのめり込んでいくパパ。


すでに、、

歩こう〜と誘ったわたしは、

山についていけなくなってきた

ちーん

( i _ i )



そんな姿や、そんなパパの山への思いが

パパのお父さんまで歩かせることに^_^





息子を一番に可愛がってくれていたのが

お義父さんです。



じょうじが亡くなった年にちょうど定年を

迎えて、家に閉じこもりきりになっていたから。

だんだんおかしくなる。



そんなお義父さんを、、

パパが山へ連れ出した。



お義父さんが山頂に登りきった時の

誇らしく素晴らしいお顔。



歩くに、、、

一人が気付けば、、

その姿で、必ず誰かを救う。


歩こうよ!


歩こう〜って、、


わたしが誘った私の大切な方々は、、


今、さらに、

家族まで歩くようになったよ💕って

話してくれました。


歩くっていいねって。


歩くと、普段気づかなかった景色や

花はもちろんだが、、



実は、自分を知る一番の手段。


自分を知るって、、

強く生きていくことになるから。






しかも、ただだし。笑






↑↑

こちらは、仕事とはいえ

わたしの大好きな皆様連れ出した

ちょうど一年前の篠島ツアーの写真。






山に登るには、、

いやもう、、

だんだんこうなって、、

↓↓↓↓



歩く基本があって、


さらに、山に登るために

山荘まで、こんなに荷物背負って歩いて( ̄∀ ̄)


(頂上まではもちろん預けます。)



さらに、すぐれたバランス感覚必要〜


パパさん深夜に帰り

次の日はスーパーサラリーマンに変身する。



じょうじ〜

パパってこんなに

昔はかっこよくなかったよなあ〜、、、笑笑

おかしいなあ〜




読んでいただきありがとうございました( ̄▽ ̄)