『学と神力の戦い』~神の戦の映し鏡 《癒奏術・山桜の章》 | 生命の「ゆらぎ」を癒す ~神人一致の癒奏術・Yuragi Therapy

生命の「ゆらぎ」を癒す ~神人一致の癒奏術・Yuragi Therapy

ボディセラピスト、ヒーラー、アロマブレンダーとして目指すヒューマンセラピーメソッド。
それが癒奏術・Yuragi Therapyです。
そして新たに備わった【龍を授ける】力で、多くの人を幸せに導きたいと思います。





あなたの心はどちらを上に置いている?


あなたの心はどちらに染まっている?




学力ばかり追いかけて、人間性を養うことを置いてきた


学を崇め奉り、疎かにしてきたもの数々



だから世は荒れている



学は有れども徳は無し おのれのための学ばかり


左の脳ばかり使いおるから 左傾化し行く世の中よ






神を知るには右の脳 五感を映す日の鏡


自然の中に息づく神々 日鏡曇りて何も映らぬ



左の脳は月鏡 右の日鏡の光を映す


されど曇りて光届かぬ 人の頭は闇夜の月夜




鏡を曇らせているのは 学に傾き過ぎた月


闇夜に光る明星が 唯一の光と追いかけ


日を映すことを忘れた鏡 学の額に囚われる





左の脳は右の眼の 月読命の御鏡で


右の脳は左目の 天照皇大神の鏡


どちらの鏡も曇りているゆえ 神素佐鳴が鼻で知らせる


香りで気付けるものならば 蘇民将来 朝日を迎える




学に負けたるものたちは 神の身体を蝕まれ


攻め落とされたる神の山 悪の手先に堕ちたる御魂




まだまだ攻め寄せる魔軍の 手先となりたる守護神共々


未だ改心出来ぬ由 やむなき仕儀となるしか無し





曇った鏡 磨いておらねば 神と悪魔の見わけもつかぬ


学に曇りたその心 神の光など出るわけも無し


学が崇めるその光 闇夜に光る明星は


大地を照らす力無し ゆえに夜明けは永久に来ぬ




未だ神秘に届かぬものを 神の上に奉り


神に逆らう学の知を 崇め奉る闇(病み)とも知らず


神の光を岩戸で塞いだ 学の信仰 世界にはびこる




学信心が深きゆえ 闇へと向かう渦に呑まれゆく



神信心と学信心 どちらが現実離れしおるか


日の鏡と月の鏡の 理(ことわり)無視した学信心


左傾化し行く左脳には 現実知るすべありはせぬ


曇りた心の現実は 言葉に依存する世界


学の言葉の明星を 追いかけ崇める闇(病み)の世ぞ




学の言葉に右左 いともたやすき操り人形


日の鏡が曇りおるゆえ 現実世界を認識出来ぬ


学の言葉こそ現実 天地自然は額(学)の外


天地自然は現実に非ず 額(学)の中こそ現実世界




天の曇りが酷きゆえ 神素佐鳴が天に上がりて


天地自然を鼻で知らせども 学に曇りた鏡には


真実(まこと)を映す術はなく さらに学へと曇りゆく




光も香りも音楽も 風のささやきさえも映らぬ


曇りた鏡に映るのは もはや学の言葉だけ



肌で感じる温もりも 清かに流れる音の響きも


季節の香りも彩も 言葉にせねば響かぬ心


曇り汚れて塵積もり 岩戸塞がる日月の鏡




神信心と学信心 神と悪魔の戦いの映し


神信心すら学で捻じ曲げ 神信心も歪みたる


まことの⦿九十(まこと)の神信心 鏡の曇り取らねば出来ぬ


言葉ばかりを追いかけ行くは 学信心の思うつぼ


屁理屈こねられ曲がりゆく 神信心の学信心


二股かけてどっちつかずの 神信心は学信心




月の鏡と日の鏡 どちらも曇ったそのままで


神と繋がるわけは無し 岩戸塞がりたままであるに


いったい何を追いかけておる 言葉ばかりを追いかけて


気付けば宵の明星を 神の光と崇め奉る


曇り眼には困ったものぞ





そんな曇った心に届く 天地自然の言葉は何ぞ?


建御雷の地雷振 それでも開かぬ寝ぼけ眼は


もはや救いは出来ませぬ 鎮め(沈め)ゆくしかありませぬ


諏訪に春名に戸隠に 鎮め(沈め)たる大蛇のように


速佐須良比売 (はやさすらひめ)が塵にするまで


禊ぎてゆかねばなりませぬ




鳴門を渡る人の船 曇り鏡では渡れませぬ


学で舵取りしている限り 渦へと向かう悪魔の仕組み


学の山を登りつめたとて 神の御山の遥か下


徳を捨てたる学の世は 得を追いかけ闇へと向かう


闇を生むのは自分の心 心の闇が世界に映る


闇たる世界は人の心の ただの映しにすぎませぬ




闇が病み生み世界が病んで それでも改心出来ぬ由


曇りた心を洗うには 神が総出で佐久那太理


大蛇の肚を引き裂きて 劔の御魂を救いゆく


情けの海で火を放つ 産屋の御魂を救いゆく




情けに溺れた学信心 手を差し伸べども届きませぬ


神信心の火を灯さねば 救いようにも救いが出来ぬ



学に溺れた神信心 まことの⦿九十(まこと)の神信心


似て非なるもの天地の差 愛と情け 火水の違い


天地自然を感じるものと 言葉無ければ知れぬもの


鏡の在り様 天地の差 鏡の曇り天地の差




感じたものを言葉にするが 月の鏡の在り方ぞ


天照皇大神の御言を伝える月読命


審神者(さにわ)されるが神素佐鳴 鏡の曇りは鼻に現る



きな臭さも嗅ぎ分けられぬから 闇へと堕ちたる蘇民将来


学に岩戸を塞がれて 徳を失い得を追いかけ


闇へと堕ちたる蘇民将来 神へと穢れを返したる


トクは十九(とく)と返るもの 九十(こと)を十九(とく)と返すもの


九十九(つくも)の浄さ 九十九(つくも)の穢れ 産まれ湧きたる九十九神(つくもがみ)


見れば一目瞭然なる 九分九分九厘の霊懸かり


鏡曇りて見えぬ由 曇り晴れれば一目瞭然




得を追いたる九十九神の群れ 八岐大蛇となり行く群れ


徳を負いたる九十九神 鋼となり行く大蛇の肚で


同じ神でも種が違うゆえ 生まれる姿は天地の差




神信心と学信心 二線に分かれゆく様は


神の戦の映し鏡 最後の最後の大戦なり





ひふみ神示 うめの巻 第十二帖

万物の長とは神の臣民の事であるぞ、世界の人民も皆万物の長であるが、この世の神は臣民ぢゃぞ、神に次いでの良き身魂(みたま)ぞ、臣民は地(くに)の日月の神様ざぞ。火の粉でやけどするなよ、気付けおくぞ。世に出てゐる守護神のする事知れてゐるぞ。元の生神様 御一方(おんひとかた)御力出しなされたら手も足も出んことになるのぢゃ、神力と学力とのいよいよの力くらべぢゃ、元の生神様の御息吹きどんなにお力あるものか、今度は目にもの見せねばならんことになったぞ、肉体ばかりか、魂までのうにならふやも知れんぞ、震へ上がるぞ。理が神ぞ。理が神の御用ざと申してあろがな。