先日は、良くしていただいたシンガーの宮良彩子さん(http://irodolco.com/index.html)の誕生日だった事もあり、宮良さんの楽曲に添えさせてもらった小説を全三回で、お送りします。

 ぜひ、同タイトルの楽曲『君が唄う』も試聴してくださいね♪
            http://www.myspace.com/irodolco

         



       

『君は唄う』  ~きっかけ~



          (1)


   彼女の歌う鼻歌は、なんだかとっても優しくって、とっても懐かしい気持ちになるそんな歌だ。
   すごく心地が良くって、ずっとこのまま聴いていたい気持ちになっていた。





 教室の窓側、一番後ろの席がぼくの席だ。
 小学校六年生の終わりの一ヶ月で親を亡くして、札幌からこの田舎町にやって来たぼくに、周りの子達はどう関わって良いのか分からないといった感じで、ぼく自身もそんな周りの雰囲気に馴染めずに中学校に上がった今も授業の最中や休み時間、外の光景を眺めて過ごしていた。
 もちろん、誰とも会話をしないわけではない。同級生から話し掛けられたら応答するし、笑顔だって見せる。
 だけども、わざわざ円の中に入っていったりしないだけだ。面倒なだけだもの。
 同級生の中でも新し物好きっていうか、妙に人懐っこいというか、そんな奴いるだろう。
 松浦がそんな奴だった。休み時間になるとぼくの机の前にやって来て、おずおずとぼくに話し掛けてくる。毎回のように少し怯えて来るものだから、ぼくは少し可笑しくなって一言、二言返事をするとパッと輝く表情を見せて機関銃のように話し始める。
 同級生の中の力関係や誰が誰を好きだとか、ぼくのこの学年の中の情報はすべてが松浦によるものだった。
 そうしてかろうじてクラスの同級生の顔と名前が一致する程度になって、円の端っこの辺りに腰を降ろす程には馴染んできた。
 松浦には本当に感謝だ。

 昼休み、給食が終わってから木造平屋建ての校舎を出て校庭に向かう。
 都会ではありえないほどの広い校庭は、簡単な陸上トラック一面とソフトボールと野球場が一面ずつ、テニスコートが一面。他に露天ではあるが、プールもある。
 生徒数220名の小さな中学校にはもったいないくらいだ。
 校庭脇の芝生に腰を降ろしていると、あとからひょっこりついて来た松浦が、何か発見したらしくぼくの肩を激しく揺らして話し掛けてくる。
 「おいおい、あそこにいるのオッチ君と柴田じゃねぇ?」
 テニスコート前の鉄棒の前には、確かに野球部の三年生の越智先輩と同じクラスの柴田裕美がいた。柴田は何だか少しもじもじした感じで、越智先輩の顔なんか見ることも出来ないといった様子で、二言、三言話しをした後駆け出して行った。
 松浦は、へへへと笑いながら「特ダネ、特ダネ」なんて言って鼻の下を人差し指で擦ってる。
 ぼくにはたいして興味が無いし、どうでも良い事なんで、「ふぅん」なんて気のない返事をして芝生の上に寝っ転がった。

 その日の午後は、松浦の『ここだけの話』は教室中に広がっていた事は言うまでもない。
 あんまり小鼻を膨らませて、辺りに吹聴しまくるものだから、女子の中で一番、背が高い北島由美子に頭のてっぺんを拳骨で殴られていた。ぼくには松浦の噂話よりも、こっちの方がよっぽど面白かった。


 次の日の昼休み、校庭にいると柴田がぼくに声をかけてきた。
 「ねぇ、今日は子分。一緒じゃないのね」
 「子分???」松浦の事を言っているのだろう。まぁ、いつもくっついて来るからそんな風に見えなくもないか。
 特にそういうに思っていた訳ではないので、疑問形で返した。
 「まぁ、どうでもいいけど。ところであんたさぁ、札幌から来たんだったよね?」柴田が話し掛けてきたのは初めてだ。
 「あぁ、そうだけど。どうかした?」柴田はなんだか少し、はにかみながら続ける。
 「あのさ・・・札幌の街中って詳しいの?」
 「あぁ、そうだな。君らがこの町の中の住所を聞いただけで目的の家に到着出来るくらいには・・・」
 「十分だよ」 そう言って「頼みがあるの」と続けた柴田の話は、どうも日曜日に札幌に買い物に行きたいのだが案内してくれないかということだった。
 この田舎町で育ち、修学旅行以外で汽車に乗ったといっても岩見沢辺りに出るのが精一杯だったのだそうだ。越智先輩の誕生日に、欲しいものを聞いたら『クリームソーダの財布』と言ってたそうだ。
 「クリームソーダなら前に通ってた小学校の向かいが店だよ」と教えてあげたら、パッと輝くような笑顔を見せた。
 「わかったよ。じゃあ日曜日に案内してあげるよ。待ち合わせは、幌向駅で九時でいいだろ?」ぼくは柴田の哀願するような顔に、そう言って応じた。
 柴田は何度も「内緒だよ」と言って、教室に向かって行った。
 ぼくは芝生に寝っ転がって、風に流されて行く雲を眺めて残りの昼休み時間を過ごした。
                         (続く)