$ジュンノスケの本棚-高岡大仏
$ジュンノスケの本棚-たかおか朝市




 『Source at white Christmas』



 夜明け前の高岡大仏は蒼色に照らし出されている。
 その朝、ぼくはこの大仏のある町・坂下町に来ていた。低血圧で朝が弱いぼくが、こんなに早く起きてやって来てるのは、今年度最後の朝市に行ってみろよと言う友人の強い勧めがあったからだ。
 ぼくのアパートからそんなに離れてもいないのに、この日本三大仏の一つに挙げられる高岡大仏には、一度も立ち寄った事が無かったのだ。


 今朝はだいぶ冷え込んだのか、大仏寺の境内にある手洗い所の周りは湯気に包まれているような気がする。
 大仏の中に入ると、むせかえるような線香の香りが充満していた。壁面にかけられた日本画は、地獄の様子を再現している。
 ぼくは浄財と書かれた賽銭箱の前に立ち、数百円を入れて鐘を鳴らした。拝んでみたものの何を祈願するんだったかなと思ってる間に、打ち鳴らした鐘の音が止んだ。


 大仏寺を出て、坂下町のメインストリートを歩いてみることにした。道路は車両通行止めになっており、車道の両側には、野菜や高岡銅器などの工芸品、生活雑貨や舶来品。さまざまな露店が列をなしている。いったいどこからこんなに人が集まるのだろうかと思うくらいの人の波だ。
 ぼくは築百余年の酒蔵で骨とう品市を見物してから、インド風の装束を着た女性の露店で『チャイ』というミルクティを買った。紙コップに注がれた熱いミルクティに鮮烈な芳香を覚え、鼻白むほどの外気との温度差に少しむせながら、少しずつ身体を温めるように飲みくだす。


 参道を電車通りに向けて下っていくと、露店の切れ間にレジャーシートを広げ、見た事もないような異国の小物を並べてる女性が、係員とおぼしき男に注意を受けている。
 蛍光色のジャンパーを着た、その男の声を後ろから伺うと、なにやら申請してないのに出店していることへの抗議みたいだった。そして相手の女性は多分、比国かどこか東南アジア系の外国の女性だ。話が一向に伝わらなく、係員の男がいらついているのが見てとれる。
 ぼくはなんだか、見ていられなくなって堪らず声をかけた。
 「まあまあ、『枯れ木も山の賑わい』っていうじゃないですか。今年最後の朝市だし大目に見てあげましょうよ」
 係員の男は納得いかない様子で、渋々と引き下がる。女性はマフラー代わりにしていたタオルをとり、何度も何度もお辞儀をし、ポケットから小瓶を取り出して、
 「アリガトウ。コレ、アナタ、アゲル」
と差し出してきた。
 薬の瓶のような茶色い小瓶には、白い砂のようなものが入っていて、剥がれかかった薄茶色のラベルにはイタリック体で、『Source at white Christmas』と書いてある。『ホワイトクリスマスの素』とでも訳すのだろうか。これは何かと尋ねると女性は片言の日本語で、
 「クリスマスイブ。アナタ、コイビト、イッショ。コレ、ソラマク」
と何度も同じことを繰り返し話してくる。
 要領を得ないので色々と質問を繰り返したところ、クリスマスイブの夜、恋人とあってる際にこの白い砂のようなものを宙に撒く。恋人が自分の事を愛していたなら雪が降る。
 もし、愛していなかったら大雨が降るというものらしい。
 俄かに信じがたい話だ。だって君が生まれた場所には、雪が降らないじゃないか。
 でも、この女性の感謝の気持ちを踏みにじるような、そんな言葉をかけたくなかったし、気持ちのどこかで(試してみたい)、そんな事が頭にこびりついたことも手伝ってぼくは一つにこりと笑顔を返して、ポケットの中にしまいこんだ。


 その小瓶をアパートの本棚の二段目に、ポートレートと一緒に飾る。日を追うごとに瓶の中身の事が気になって、振ってみたり眺めてみたりしていた。何の変哲もない白い砂。顆粒とか粉というには少し粗い物質だ。
 クリスマスを前に、いつの間にか食事を一緒に行くような女の子と出会った。とくに告白とかはしていないけれど、クリスマスイブに一緒に過ごすということは脈ありな感じもしないではない。

 約束の当日、出かける前に本棚にあったあの小瓶が目に入ってくる。(まだ、そんな関係じゃないし)なんて逡巡はしてたけど、玄関を出る頃にはポケットの中に収まっていた。



 高岡駅前の複合ビルの広場の中央には、青と白の電飾に彩られたクリスマスツリーを模した木が植わっている。
 ぼくはこの煌びやかなイルミネーションに目を奪われることなく、コンクリートで出来たベンチに座り小瓶を片手に眺めながら彼女の到着を待っていた。
 (まだ告白もしてないのにおかしいじゃないか)
 彼女が自分の事をどう思ってるか知りたいと思った。先に分かっていれば、傷つくこともないなんて思ったりもした。
 冷え込んだ外気との温度差で右手の中に包まれた小瓶は少し汗ばんでいるようだ。



 約束の時間から十分ほど経った頃に、彼女が現れた。
 「ごめぇん。待った?」
 彼女は軽く息を切らせながら、そう言った。手には自分で焼いてきたのだろうか、紙袋にケーキの四角い箱が見えて甘い香りが鼻をくすぐる。
 彼女の頬は、この寒さでほんのり赤くなって少し鼻白んでいた。
 こう屈託のない笑顔を見ると、彼女を試そうとした自分が少し恥ずかしくなってくる。
 「さぁ、行こうか」
 ぼくは彼女と歩き始め、自販機横のゴミ箱にあの小瓶を捨てた。瓶が落ちた音にびっくりしたのだろう。野良猫が走って逃げていくのが見えた。


 十メートルほど歩いただろうか、
 「あ、雪…」彼女が夜空を見上げて感嘆の声を上げる。
 見上げてみると夜の帳の中ほどから、白い砂のようなものが落ちてくるように見えた。
 夜空を見上げたぼくは、自分の頬がだんだんと緩んでくるのがわかった。

                                            (了)




 ※2010年、たかおか朝市は4月~11月の第2・4日曜日朝5:30~7:30に開催されています。
今年度の最終日は、11月28日です。


 ※2011年、たかおか朝市は10月23日に終了しました。