ポジティブな言葉が人を孤独にさせることもある、だから・・・ | ひとしずくの純金

ひとしずくの純金

たったひとつのわたしの生き方を見つける旅

 
 
大切な人の身に起こった
楽しいことやうれしいことを
分け合うのは
比較的やりやすいことです。
 
聞いていて気分がよいし、
自分にとってもうれしいなぁ、と
一緒に喜べる。
 
自分も頑張ろう、
と素直に思えたりもする。
 
 
 
一方、
 
つらいことや苦しいことは
どうだろう?
 
 
聞いていてつらくなるし、
自分にとっても同じように
苦しかったり、悲しかったり
 
きっと分け合いたい、
できるなら代わってあげたい、とも
と感じるでしょう。
 
 
と、同時に
 
何もできない自分にふがいなさを感じて
罪悪感や無力感に
圧倒されてしまうことも
あるかもしれません。
 
それも自然の感情ですよね。
 
 
 
そんな時、
元気になってほしくて、
 
「大丈夫」
「次があるよ」
「あんまり考えないほうがいいよ」
 
と励ましたくなったり
するかもしれません。
 
少しでも
明るい気分になってほしい、
 
という思いがそれを言わせるのだと
思います。
 
 
 
 

 
 
 
 
だけど。
 
それ以上なにもできずに、
ただ話を聞くだけしかできない時間を
終わらせたくて

そう言ってしまうことも、実はある。
 

何もできない自分が情けない。

情けない気持ちを感じたくなくて
静かに聞いていることができずに
話をたたんでしまう。
 

つらい話、
苦しい話、
悲しい話



 
これらが、
聞いている側も気づかずに、
でも、しっかり心の奥に抱える
 
つらさや
苦しみ
悲しみ
 
を刺激するから。
 

感じたくない感情を
刺激してくることを
無自覚のうちに察知しているから。
 
そんなふうに思います。
 
 

そんな時、
苦しみを抱えた話し手も
同じように敏感に察知しているはず。
 

話の方向を
ポジティブにもっていってしまう
相手の言葉を聞いて、
 
自分の話す苦しみが
相手を苦しめている、
 
自分の苦しみを
受け取ることは苦痛なんだな、と。
 
そんなとき、
越えられない壁を感じて
孤独を深めているかもしれない。。。
 
 
 
おそらく
タイミングなんだと思います。
 
いずれはポジティブに考えたり
具体的に行動していくことが
目の前の問題解決につながっていく。
 
それはきっと事実だし
正解なんだと思います。
 
 
だから。
 
そこに向かう準備ができるまで、
一緒に苦しいものを苦しい、と
そのままで一緒にいることが
大事なような気がします。
 

正しいことを
正しいと受け入れるには
 
それができるだけの心の準備が
やっぱり必要。
 
 
そして、
それを促すのは多くの場合
時間だったりします。
 
どうしても
効率やら、生産性やら、成果やら・・・
が幅を利かせている現代では
 
機が熟すまで時間に任せる、
という余裕がもちにくいけれど、
 
こと人の心に関することは
一直線で進まないことが多いように
思っています。
 
 
 
ポジティブ全盛で
苦悩することの価値が
捨て置かれているとしたら・・・
 
それは心の奥行きを失う
さびしいことかもしれません。

決して積極的に
苦悩したいわけではないけれど

もし、そういう状況にあるのなら、
それすらも自分の豊かさになる、
と信じてくぐり抜けたい。



時間が助けてくれるとき、

苦しみを苦しいと、そのまま
意味づけも解釈もなく

ただただ静かに
そこに信頼する人がいてくれたら、

その道行きは
またもう少し楽になる。


 
そんなふうに
その人を力づけられたら、
なんて思います。
 


 
カミヤカオリ

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