日本は、国際政治舞台での駆け引きが下手と良く言われる。
それは外交交渉前の情報戦という段階で常に劣勢に立たされているからだという。では情報戦とは何か?それは交渉相手国のマスコミやネット情報、議会などに積極的に働きかけて、相手国側の世論を操作し自国に有利な状況を創出することをいう。

中国との関係を題材にして具体的に見てみよう。

1971年8月から12月まで本多勝一氏が「中国の旅」を朝日新聞に寄稿した。大阪万博景気に酔いしれていた日本人の脳みそに「南京事件、平頂山事件、万人坑、三光作戦」など、中国側の主張を事実報道かのように連載して報道した。これが日本のマスコミが大々的に行った反日プロパガンダの草分けである。

翌年1972年は、歴史的な日中国交回復の年・・・。

そして、1982年橋本登美三郎、1983年田中角栄と相次いでロッキード事件で有罪が確定して失脚すると、翌年1984年、本多勝一氏は同期入社の筑紫哲也が編集長を努める「朝日ジャーナル」で「南京への道」を25回連載。中国共産党から南京大虐殺キャンペーンが本格的に開始される。

1984年当時の中国は財政・国際収支ともに赤字。マネーサプライ前年比40%超。まさに破綻寸前であった。この窮地の中国を救ったのが、1985年の日本からの輸銀直接借款1013億7600万円である。前年実績はゼロ円であった。

この緊急輸血によって、中国の外貨準備高はプラス転換したのだが、慢性的インフレ傾向は簡単には納まらず、継続して金融支援が必要であった。
靖国参拝に大クレイムをつけ始めたのもこの年から。何故か韓国も中国に同調して靖国クレイムをし始める。

日本を叩くことによって大金が転がり込むという既成事実が出来上がると、それは外交上方程式となっていく。

円借款の更新時期になると、何故か朝日新聞を中心とするマスコミが中国共産党と一体となって、「反日」歴史認識問題をクローズアップするという流れが出来てしまった。

中国からの帰還兵や満州からの帰国者からの「実は自分は中国に対してこんな悪い事をした」とか「日本軍はこんなひどいことやってた」とか「中国人はとっても寛大で優しかった」などという手記や講演が活発化したのもこの頃からである。

こういう投稿をすると「戦争の反省がない悪者」的に糾弾してくる人が出てきそうだが、中国の主張や帰還兵、帰国者の証言が全て嘘であるという事を主張しているわけではない。ここで言わんとしている事は、外交交渉上の情報戦の一環として、中国共産党からの作戦指令で行われているものも少なからず流布されているという事を常に念頭において、情報を吟味する必要性をうったえているのだ。

とかく日本人は(自分もそうだが)、自ら反省し「私が悪うございました。」と土下座して回る人に同情してしまう。相手の非を責める行為は卑しく、自分の行為を反省し慎むことを美徳とする文化を持ち合わせている。日本人同士においては、これで調和が取れていくところがあるのだが、国際社会の情報戦では、この日本人の民族性を悪用して、駆け引きを優位にしようとする勢力が存在するのだ。

世界には「謝ったら損」という文化を持ち合わせている国もあるのだという事を知っておこう。

また、国際社会においては、戦時賠償問題や外交問題については、当事国の政府同士が既に条約などで決着をつけたものに対して、後の政府後継者や国民がいちゃもんをつけないというルールがある。これは民事係争における示談と同じ。国内には国内法があり、国際社会には国際法があるのだ。

ヒトというのは、割と簡単に洗脳されてしまう。冤罪事件でも良く話題になる事だが、精神的に極限状態に追い込まれて心理誘導されてしまうと「やってないものをやった」「見てないものを見た」「聞いてないことを聞いた」と本気で思い込んでしまうことは良くある。これが集団で行われると更に効果覿面なのだ。

従って、例え事実無根の証言をしたり手記を書く帰還兵や帰国者がいたとしても、そのヒトを責めてはならないと思う。彼らもまた戦争の被害者だからだ(無論、中にはカネ目当てや中国での地位目当ての人もいるのだろうが・・・)。

講演回数1000回を超える本多立太郎氏も、「ザ・レイプ・オブ南京」を著したアイリス・チャン氏も、沢山の嘘をついていることが明らかになっているが、ある意味可哀想な人達でもある。

肝に銘じなければならないことは、全ての情報(特にネット情報)を鵜呑みにしないこと、自ら裏をとるなり事実確認を怠らない事。特に外交上問題を抱えている国に関する過去の歴史認識問題については、慎重の上にも慎重を帰す必要があると思う。