メンフィスからニューヨークに戻った私はしかし、ダニエルに対するわだかまりを残したままであった。
シャザームの仕事に対する意識レベルは修正出来たものの、それ故にダニエルの発言が『許せない物』となっていたのである。
発言を投げつけられた際には単に『ショック』だった物が、明らかに許せない発言にしか思えなくなっていた。
週明けからまた、クラスにもリハーサルにも行かなくてはならない。
出来れば、このわだかまりは取っ払いたい所である。
しかし、どうやって取っ払えば良いのか?
『ダニエルにシャザームの仕事の有意義な部分を分かって貰えればなぁ…。』
『いや!それが分かって貰えたからって、ダニエルはあの発言を訂正なんかしないさ!』
『ダニエルに謝って貰いたい!』
『バカ!そんなん無理だよ!ダニエルが謝る?天地が何回ひっくり返ったって無いね!そんな事!』
『でも…このまま何も無かった様にリハーサルに戻るのか!?』
『いや!それって何か…しゃくにさわるぞ!』
『泣き寝入りっぽいよ!そんなの!』
私の自問自答は延々と続いた。
勝ち気で、負けん気の強い私は、間違っても…
『シャザームの仕事の有意義さを再確認出来たんだ!それでよし!じゃないか!』
などと言う、穏やかな考えには至らず、むしろ…
『俺だけ傷つけられたままだなんて、納得出来ない!』
と言う思いで一杯だったのである。
しかし、何の得策も解決策も見つからないまま、週明けの月曜日を迎えてしまった。
私は足どり重く、ステップスに向かう。
スタジオに到着すると私は、辺りをキョロキョロと見回し、ダニエルの姿を探した。
『まだ来てないみたいだな。』
私は更衣室に入ると、そそくさと着替え、早々に更衣室を出る。
狭い更衣室でダニエルと出会すのは、ばつが悪かった。
私は廊下に取り付けられたバーの前に座り込むと、バッグの中からウォークマンを取り出し、イヤホンを装着しプレイボタンを押し、外界の音を遮断した。
『これで、ダニエルがやって来ても無視する理由が出来る!』
なんたる愚行…。
勝ち気な割には、行動が消極的過ぎである…。
やがて、スタジオにダニエルが入って来た。
私は目の端でそれを確認すると、せっせと下を向いてストレッチを始めた。
ダニエルは、彼方此方の生徒達と挨拶を交わしながら、機嫌良さげである。
数人の生徒と短い会話のやり取りをしながらも、ダニエルは徐々にこちらの方へと近づいて来る。
私は黙々とストレッチをするフリをしながら、時たま横目でダニエルとの距離を計っていたのだが、ふと…
『な~んで俺の方がビクビクしなきゃなんないんだ!?悪いのはダニエルの方で、俺じゃないじゃん!!』
と思い直した。
『フン!そうさ!堂々と無視してやりゃいいんだ!』
と…その時…
ボコン!
「!?」
何かが私のお尻に当たる。
振り返るとダニエルが私の真後ろに立っていた。
ダニエルが私のお尻を蹴ったのである。
「Hey! KAZUMI-BOY!」
『け…蹴ったな!コイツ!』
私は軽く切れると、プイッとそっぽを向きストレッチを続けた。
バーの前に取り付けられた鏡越しにダニエルの様子が映った。
ダニエルは私の態度に不思議そうな表情であったが、そこへ誰かがダニエルに話し掛けて来た為に、彼はそのまま私から離れて行った。
『な…なんかムカつく!』
私は何やら納得の行かない成り行きに苛立ち、その場から立ち上がった。
そして…
『誰も俺に話し掛けるなオーラ』を最大級に放出しながら、クラスが行われるスタジオの前へと移動して行った。
いつもの様に、ダニエルのクラスが始まる数分前には、スタジオの扉の前は人だかりが出来る。
ダニエルのクラスを受ける生徒達が『場所取り』の為に、扉の前に群がるのだ。
しかし、不穏なオーラ放出し捲りの私が近づいて行くと、まるでモーゼの十戒よろしく人混みが割れ、道が出来る。
私はズンズンとその道を進み、扉の前に腰をどっかりと降ろした。
『なんで俺がイラつかなきゃいけないんだ!?』
この時、私が一体どの様な顔付きであったか…
私は知りたくもない…。