写真とともにプロレスカメラマンの言葉がもっと伝われば――大川昇・著『プロレス熱写時代』 | KEN筆.txt

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BGM:Héroes del Silencio『Entre dos tierras』

 

10月6日より公開された映画『アントニオ猪木をさがして』のパンフレット製作に携わった関係で、同作品を初号で見る機会に恵まれた。極私的な思いを書くと、何よりも嬉しかったのはプロレスマスコミとして長きに渡り現場で活躍されているカメラマンの原悦生さんがフィーチャリングされていたことだった。

プロレスラーや著名人が出演する中、業界内やファンの間では知られていても一般的には“有名人”とは違う。そんな原さんが俳優である安田顕さんのリクエストで対談し、猪木さんを撮り続けた立場から知られざる秘話を語っていく。

我々プロレスマスコミは聞く側が常だが、この作品の中では著名な安田さんの方が自身の興味あることを振り、それに原さんが答えるというシチュエーション。『アオイホノオ』で庵野秀明のエキセントリックさを見事なまでに演じたヤスケンさんの狂気性に惹かれた自分にとっては、とてつもない“絵ヅラ”がスクリーンに大映しとなっていたのだ。

同時に、原さんが世界中のどこまでも猪木さんを追い続けてきたことがこうした形で報われたと思うと本当に嬉しかった。イラクやキューバでのエピソードなど、写真家・原悦生以外のプロレスマスコミには語れない。それが映画を通じ、世の中に伝えられたのは意義があったと思う。

プロレスについて書いたり語ったりするにあたり、記者やライターがその役割を担う。取材のなくてはならぬパートナー・カメラマンは通常、写真を撮影するのみであり言葉で主張したり伝えたりする場はあまりない。

だがレンズを通じ、ある意味記者よりも至近距離からプロレスラーを見ているのだから興味深い出来事や貴重な経験を記者以上に刻んでいるはず。週刊プロレス時代から、カメラマンの話も、もっと表に出せたらと思っていた。

猪木さんの映画が公開されるのと時を前後し発刊された『プロレス熱写時代』(彩図社・刊/税込1980円)は、元週刊ファイト紙及び週刊ゴング誌でメインカメラマンとして活躍し、現在もリングサイドでカメラを構え続ける大川昇さんの著書。2021年に『レジェンド プロレスカメラマンが撮った80~90年代外国人レスラーの素顔』(同/税込1760円)に次ぐ“第2弾”となる。

 



大川さんはこの業界における同年代の先輩であり、週プロの人間である私にも当時から気にかけていただいた方。特に1997年9月、テリー・ファンクのアマリロ引退試合にハヤブサらFMW勢も参戦するとあり取材にいったさい、行程をともにし(この時のことは1作目の著書に記されている)慣れぬ海外において大変お世話になった。

週プロを離れたあと、現在も水道橋にて自身が経営するプロレスマスク専門店「デポマート」10周年記念興行「仮面貴族フィエスタ2011」後楽園ホール大会のサムライTV中継で、実況の村田晴郎さんとともにお声がけいただいた。立場上、本来ならばゴング誌にゆかりある記者さんへ振るはずだから恐縮したが、大川さんは私とハヤブサ選手の関係性を踏まえ起用してくれたのだ。

今でも心苦しいのだが私と違い、大川さんはハヤブサ選手を公私に渡りケアした。何しろ車椅子を押してメキシコまで同行し、道中常にサポートしたのだから。まさに選手とマスコミの関係を超えて、江崎英治のため親身になった。

それと比べたら、自分はなんの力にもなっていない。にもかかわらず…ハヤブサ選手が誰にも別れを告げることなく旅立った時、その後も不死鳥の功績を書き連ねる時、いつも大川さんの顔が浮かんでくる。

そんな大川さんから電話が来たのは、9月の半ば頃のこと。試合会場で顔を合わせればご挨拶をさせていただいているが、こうした形で連絡をもらうのは久しぶりなので何かと思うと「今度出版される著書の表紙がハヤブサなので、実家のお母さんにお送りしたいんだけど、住所知っている?」。

同時に「健にも送るからさ、見てよ」とお気遣いもいただいた。もちろんありがたかったが、それ以上に嬉しかったのはこの令和の時代にハヤブサが表紙のプロレス本が出るということだった。

その時点ではフォトブックの作りと思っていたのだが、いざ手にするとしっかりとした読み物であり、その上で大川さんの持ち味である写真がカラーページも含め半分近くを占めている。この2作目は、自身が思い入れを持ち続けてきたユニバーサルプロレス~みちのくプロレスの選手たちから始まり、老舗系のレスラー、もちろんハヤブサやデスマッチファイター・葛西純までと豊富なキャリアの中で出逢い、目撃してきたプレイヤーたちの人間臭さが克明に記されている。

プロレス本にありがちな事件性に特化した出来事の検証や裏話的なものはなく、マスコミとレスラーの間で紡がれるハートウォーミングな関係性を飾り気なく綴っているのは、大川さん自身のレスラーと向き合う上での姿勢によるものなのだろう。これほど膨大な情報が映像やテキストによってとめどなく流布される時代にあっても、初めて知るエピソードがいくつもあった。それもカメラマン目線だとライターが書くものとは違った角度で描かれ、新鮮なのだ。

前述した「仮面貴族フィエスタ」のエンディングでハヤブサが10年ぶりにリングの上へ立つシーンを、プロレスファンに提供することを大川さんは計画した。そのさい、新崎人生やザ・グレート・サスケ、NOSAWA論外など関係性の強い選手たちがいる中で解説席にいる本人を呼び込んだのは藤原喜明組長だった。

藤原さんは、表向きにはこれといった接点がないはず。にもかかわらずその役割を担ったのは何かしらの意味があるはずなのだが、現場では考えが至らなかった。それが本書で明かされており「そういうことか!」と合点がいった。

フジタ“Jr”ハヤトがデビュー直後、メキシコのウルティモ・ドラゴンジムへ留学した時、大川さんは現地で取材している。こちらは成田空港を出発するさい、父・孝之さんと見送りに来た母・薫さんがいつまでも泣きじゃくる姿を見ていたがその後、ご両親は海を越えてアレナ・メヒコまで応援にいったことを本書で知った。

お二人が海外へいくのがどれほど大変か。その事実だけでも親子の絆の深さが伝わってくる。ナウカルパンで撮影された高校を卒業してすぐのハヤトのショットは、現在の境遇の中で闘い続ける姿と照らし合わせるとどんな言葉でも表現できぬ感慨がある。

何よりも電話越しに大川さんが言っていたハヤブサ表紙の写真を見た瞬間、ノドの奥から熱いものが逆流してくるような感覚となった。それは、新生FMWのエースとなって最初に迎えた後楽園ホール(1995年5月28日)で初披露した、フェニックス・スプラッシュのショットだったからだ。

今でもリッキー・フジが「俺はあの技を世界で初めて受けた人間」と誇りに思っている正真正銘の“初モノ”。よくぞこれを表紙にしてくれた、ハヤブサも喜ぶだろうな…と思ったところ、大川さんいわく自分でセレクトしたのではなく担当編集者さんから「これにしましょう」と提案されたらしい。

本書を作るにあたり、大川さんは「自分で選ぶよりも、自分のことを見てくれている編集さんに選んでもらった方がいいものになる」と考えた。担当の権田一馬さんは小島和宏・元週プロ記者が書いた『FMWをつくった男たち』も手掛けており、90年代インディーの情景が追憶に刻まれている。

だから大川さんとの絶妙な呼吸が自然…いや、必然的に生まれたのだろう。デポマートを訪ねたさい、そのような話を聞かせていただく中で「表紙カバーを取ってみて」と言われた。

カバー下にある本体表紙は表裏で見開きになっており、いつぞやかのみちのくプロレスの会場全景が斜め花道から撮影されていた。パッと見た瞬間、山形・酒田市営体育館だとわかったがそれが重要なのではない。

当時のみちのく名物である愚乱・浪花のコール時に、甲子園球場よろしく観客の用意した風船が舞う瞬間。そこにはニュートラルコーナーに控えるテッド・タナベレフェリーと、その足元のリングサイドに週プロ・石川一雄カメラマンの姿が写っている。

10月15日、矢巾町民総合体育館でハヤトと髙橋ヒロムが闘う姿を、本部席からそのお三方も見守っていた。まさに大川さんと私が見たあの頃の風景が、カバーの下に在った。


大川さんでなければ書けないこと、大川さんならではの写真を、あの頃を知る者であれば共有できる喜びが詰まった一冊。同時に、若い世代のプロレスファンには独特の熱量があった90年代インディーの実像を知り、現在の業界を担う者たちの素顔を垣間見られる一冊となっている。

こうした書が多くの人々の目に届けば、もっともっとプロレスカメラマンが報われる。みんな、写真集になるほどの作品を数え切れぬほど世に残しているにもかかわらず、そうしたチャンスに恵まれるのはほんの一握り。たとえば週プロのカメラマンであればその誌面に載ることでしかフォトグラファーとしてのモチベーションを満たせない。

もっと違う形で表現の場を持ち「この仕事をやってきてよかった、プロレスを見続けてきてよかった」と心から思えるカメラマンが今後も増え続けるためにも、原さんや大川さんがその先鞭的存在になれば同じ業界の人間として嬉しい。レジェンド外国人、日本人選手と来てご本人の願望である「第3弾」が実現したら、それがどんなものになるのか心待ちにしています。

 

[内容]
ジャイアント馬場、アントニオ猪木、長州力、藤波辰爾、天龍源一郎、闘魂三銃士、プロレス四天王、ユニバーサル、みちのくプロレス、ハヤブサ、……その熱い闘いをリングサイドで撮影してきたプロレスカメラマン・大川昇が、秘蔵写真ととっておきのエピソードでつづる日本プロレス黄金期。プロレスカメラマンの楽しさを教えてもらったジャパニーズ・ルチャ、特別な縁を感じたメキシコでの出会い、引退試合で見せた素顔、レジェンドたちの知られざる逸話、そして未来のレジェンドたち……。「ブッチャー・フィエスタ~血祭り2010~」など数々の大会を一緒に手がけた盟友・NOSAWA論外との対談、さらに伝説の「天龍殴打事件」の真相が語られる鈴木みのるとの対談の二編も収録! 「あとがき」は『週刊ゴング』の元編集長のGK金沢が執筆! 本書を読めば、プロレスに夢中になったあの時代が甦る!
[目次]
第一章 我が青春のジャパニーズ・ルチャ
ユニバーサル・レスリング連盟
みちのくプロレス
ザ・グレート・サスケ
4代目タイガーマスク
スペル・デルフィン
フジタ“Jr”ハヤト
第二章 メキシコに渡ったジャパニーズレスラー
ウルティモ・ドラゴン
グラン浜田
ハヤブサ
邪道・外道
獅龍(カズ・ハヤシ)
BUSHI
磁雷矢
ザ・グレート・カブキ
【特別対談その1】NOSAWA論外×大川昇
第三章 格闘写真館
『週刊ゴング』表紙物語
第四章 去る男たちの素顔
天龍源一郎
佐々木健介
小橋建太
武藤敬司
第五章 レジェンドたちの肖像
ジャイアント馬場&アントニオ猪木
長州力
藤波辰爾
初代タイガーマスク
前田日明
獣神サンダー・ライガー
藤原喜明
蝶野正洋
スーパー・ストロング・マシン
佐野直喜(佐野巧真)
第六章 未来のレジェンドたち
永田裕志
天山広吉
棚橋弘至&中邑真輔
内藤哲也
オカダ・カズチカ
葛西純
【特別対談その2】鈴木みのる×大川昇
あとがき(元『週刊ゴング』編集長 金沢克彦)