上野の丘の四季折々に 第六回 倉本幸弘
第41回コモゴモ展 開催します2年ぶりの夏のコモゴモ展、そして藝祭が開催されます!長い間もどかしい日々が続き、まだまだ気は抜けませんが…一年で一番上野公園が熱くなる時期がやってまいりました今この時も、作家や学生の皆さんは制作や準備に励んでいることでしょう。来週末はコモゴモ展と藝祭をぜひお楽しみくださいでは、本ブログの為に書き下ろして下さっている倉本幸弘氏のシリーズ「上野の丘の四季折々に 第六回」とともに。第五回はこちら上野の丘の四季折々に第六回 「明治24年、上野の丘の夏の一日(樋口一葉の日記から)」倉本幸弘 8月も半ばを過ぎて、やっと雨が降ったその翌朝、涼しい風に誘われて、久しぶりに上野の丘を歩きました。空を見上げると、刷毛で払ったように、すじ雲(巻雲)が空いっぱいに広がって、秋の訪れを教えてくれています。そして、なんともうれしい光景を見かけたことでした。 東京藝術大学の音楽学部の正門を入ってすぐ左手に、時代がかった煉瓦造りの二階建ての建物が見えます。その傍らの空き地で、学生たちが〈神輿〉を造っているのです。どうやら今年は「藝祭」(東京藝大の学園祭)が開催される。噴水前の広場を、藝祭名物の神輿を担いだ若者たちが練り歩く。上野の丘に、三年ぶりに、この季節のいつもの風景が戻ってくるのです(前回の「秋風の、ヴィオロンの…」を参照してください)。 ところで、今、さりげなく「時代がかった煉瓦造りの二階建ての建物」と書きましたが、この建物を見るたびに、私は、ひそやかな下駄の音が聞こえてくるような気がするのです。「たけくらべ」「にごりえ」などの名作を今に残した樋口一葉が、この建物のある場所を歩いている下駄の音です。文学などにまったく興味のない人でも、五千円の顔といえばお分かりになるでしょう。 今からおよそ150年前、上野の丘には、日本で初めて開設された「公共図書館」がありました。あの煉瓦造りの建物は、その図書館の一部分(書庫)なのです。聞くところによると、今でも教室として使われているのだとか。 当時、本郷の菊坂下に住んでいた樋口一葉は、歩いてこの図書館に通っていました。まだ交通機関がほとんどない頃のことです。直線距離でもおよそ2キロ、しかも坂が多い。早く歩いても三十分ちかくはかかります。ここからは、一葉の日記の「明治二十四年八月八日」の内容です。一葉、この時、18歳。彼女が亡くなる6年ほど前のことです。 夏の朝、一葉は「そうだ図書館に行こう」と思いたちます。菊坂を上り、東大の構内を抜けて、池之端に出ます。池を吹きわたる朝の風に吹かれながら、不忍池の仲道を歩きます。枕草子をはじめとする古典文学の数々を思い出し、あたりの風景に重ねながら、柳や蓮の花を眺めます。東照宮の石段を上り、動物園の前の、鬱蒼と樹々が生茂っている道―この古い道は今でも残っています。東京都美術館と藝大の美術学部との間の道―を歩きます。図書館に入ると、女性で学問をする人はその頃ほとんどいませんでしたので、女性の姿はなく、書物を立身出世の道具にしている男たちから好奇の目で見られながら、やがて時を忘れて書物に没頭します。上野の森に鳴り響く日暮れを告げる鐘の音に驚かされて、図書館を後にします。母や妹が心配しているであろうと、谷中へと近道をとり、西の空を染めて沈んでゆく夕日、ねぐらに急ぐカラスの姿を眺めながら、善光寺坂(現在の言問通り)を下っていきます。根津を横切り、弥生坂を上り、当時、その辺りに多くあった下宿に住む学生たちからの品のないからかいの言葉を受けながら、再び、本郷の裏町を抜ける坂を下り、そこに暮らす人々の姿を眺め、「明日も晴れよ」と歌う子供たちの声を聞きます。菊坂下の奥まったところにある家へと帰りつくと、母や妹がねぎらいの言葉で迎えてくれる。汗のしみた着物を脱ぎ、湯を浴びて汗を流し、妹の心尽くしの夕食を食べる…… 夏の一日、どれほどたくさんの、書物からの教養が、街や自然の情景が、裏町に暮らす人々の姿が、そして子供たちの声が、一葉の身体の中に染み入って行っていったことか……と、一葉ファンの一人である私はしみじみとした感動を覚えます。 もうすぐ開催されるコモゴモ展や藝祭を訪れた時に、ここに紹介した一葉の日記を思い出しながら、この煉瓦造りの建物を眺めてみてください。倉本幸弘氏プロフィール:千駄木にある森鷗外記念館の仕事をされている森鷗外記念会常任理事文京区立森鴎外記念館HP : https://moriogai-kinenkan.jp上野公園でお会いできるのを楽しみにしています。KOMOGOMO展とは東京藝術大学出身等の若手アーティスト達によるアートマーケット次回 第42回コモゴモ展202210/15(土)・16(日)場所:東京都上野恩賜公園 噴水前広場エントリーはこちらホームページよりご応募くださいKOMOGOMO展常設販売所 上野案内所@KOMOGOMO_TEN@komogomo_ten