2024/04/08 中国新聞
 12年前に亡くなった父は、帰国してきた中国残留孤児の支援に長年、尽力していた。自ら200人以上もの身元引き受け人となり、行政や町内の方々にも協力をお願いして回っていた。父の葬儀には世話をした帰国者やその家族が遠方からも駆けつけてくれた。

 父は帰国者やその子どもたちが地域に溶け込み、社会人として頑張っていると聞くととても喜んでいた。

 その一人が京都に住んでいる。先日、私たち一家を招待してくれた。彼女はミシュランガイドにも載るほど立派な中国料理店を営んでいて、最高のごちそうを振る舞ってくれた。西本願寺にお参りすることもでき、良い旅になった。父への恩返しを私たちが受けたようだった。

 思えば父は、困っている人には誰にでも手を差し伸べて相談に乗っていた。開拓団の一員として入植した旧満州(中国東北部)でのつらい体験が人間愛の源だったのかもしれない。

 京都で思いがけず手厚いおもてなしを受け、愛情深かった父が思い出されて涙が止まらなかった。助け合いながら生きる大切さをあらためて思う。

(安芸高田市・有間昌子・会社員・76歳)