南大東島のサトウキビ運搬専用軌道⑩ー自転車に乗れないトリが2泊3日で全線を完歩してきた話ーの続き
の前に宣伝!
大阪ラテラルオープン記念の「廃道の日4.5」を東京でも開催!よろしくお願いいたします。
では
続きです。
秋葉神社の参道入り口までやってきた。
この木々と囲いの中(写真の右)が参道。参道の両脇もこんな感じで道になってる。サトウキビ畑のためかな。
参道をゆく。半分は舗装で、半分はこんな感じの未舗装路。
おお、いい雰囲気だ。
参道の中ほどに鳥居があった。
昭和四年の建立だ。
でも真新しい感じがした。補修したてなのかな。
参道を抜けると階段が現れる。木々の密度が濃くてうす暗いが、お社まではすぐだ。
登る。
神々しい!
太陽が絶妙の位置だ。9:20にここにきてよかった。
秋葉神社といえば火除けの神様。なにかあったのかなーとは思ったが、この時は由来がわからなかった。
あとから古老に教えていただいた話なのだが、ここはこの近くの住民(多くは遠州からの民だった)が大きな火災が続いた(2回だったかな)ことから、建立に至ったそうだ。
空の御水屋
裏面を見ると
寄進した方の名前がある。鹿児島県鹿児島郡・・・かなり薄いけど谷山町と読める。
谷山町は1924年に谷山村が町制施行で谷山町となり、1957年に市制施行で谷山市となったので、この御水屋は1924~1957年の間に奉納されたんだろう。
石灯篭もあった。
やはり裏面を見る。癖みたいなものだ。
こちらは文字がはっきり読みやすい。北海道有珠郡伊達町とある。
伊達町は1925年に伊達村が町制施行して伊達町となり、その後1972年に市制施行して伊達市となった。なのでこの石灯篭は1925年から1972年までの間に奉納されたものだ。あまり、絞れてないな。
鳥居が昭和4年とあったから、全部、1929年(昭和4年)頃かもしれない。が、正解はわからん。
あれ、遠州の人はいずこに。ま、建て替えたのかもしれないし。
参拝して振り返る
いー景色。まるでサトウキビ畑の海だ。
暑いし、ずっとここでぼーっとしていたい気もしたが、そうはいかない。
ちょうど観光客が登ってきたので、出発しよう。
参道の入り口にある看板
この看板だけ外国語もあってすごく観光地っぽい。他の場所にもこんな看板あったかな。
さて、次は旧南大東島空港跡地へ。
どんなかなー。
続く