やっぱりこの時期になるとこう、書かなきゃ欲が出ますね。
フリージアさんの方が止まってますが
とりあえずこっちを先に。
だめだなぁ。サクラを簡単に泣かせにかかる。
サクラすっげぇ泣き虫だわ。
でも、すごく後悔してない。



ではでは今年も🌸


俺が魔法使いになって、53回目の秋の終わりごろ。
寒さが厳しくなってきたある曇りの日の話だ。
「ロア。ちょっと、ロア!」
おばさんの声がまだ客のいない酒場に響く。
俺は皿を洗っていた手を止め返事をした。
「どうしましたか?」
買い出しだと思うので布巾で手を拭いながらエプロンをはずす。
「ミロージュが切れちまってね。悪いけどハネバのところまでお願いするよ」
そう言って少々多目に駄賃を握らせる。
「帰りにコロッケでも買っておいで」
おばさんの中ではいつまでも俺はやせっぽっちの腹を空かせた子どものようだ。
そんな温かさに嬉しくなりながら、多少恥ずかしくなりつつ返事をする。
「ありがとう、いってきます」
ジャケットを羽織って表通りに出ていく。
ずいぶん寒くなってきたので道行く人も心なしか早歩きだ。
「この名前にもずいぶん慣れたな……」
元々の名前を呼ばれることはもうないだろう。全国民が知っているとも言えるが、その名前は指名手配犯のようなものだ。
「ロア、か」
自身の偽りの名前を呟く。
大切な人の面影を求め、各国巡りを始めた年に自分でつけた。
もう50年近くこの名前で過ごしている。
この名前で過ごした時間の方長くなったのは随分前だ。
そろそろこの街からも離れなければいけない。もう8年目だ。きっと容姿の変わらない俺を不審に思う人がそろそろ出るはずだ。次はどこまでいこうか。そんな事を考えていたからか、角からくる人影に気づかずぶつかってしまった。
「きゃっ」
小さな悲鳴にとっさに手が出る。後ろに倒れかけている腕を引っ張り混む形で小さな人影を抱え込んだ。
「す、すみません」
二人して座り込んでしまいながら改めてぶつかってしまった相手を見る。そして心臓が跳ねた。



「ロゼッ…」



ト。
最後の言葉はなんとか飲み込んだが、そのまま息が止まる。
彼女がゆっくり顔をあげる。
「ごめんなさい、前をしっかり見てなくて…え?」
謝罪、驚き、困惑が一度にその瞳に映る。
やっと会えた。やっと、逢うことができた。
「あの、大丈夫?」
言葉と共にハンカチを差し出される。
意味が理解できずもう一度彼女の顔を見る。
彼女は優しく俺の頬にハンカチを当てた。
「そんなに強くぶつかっちゃったかな、大丈夫?」
頬を拭う仕草から俺が泣いていることがわかった。
止めどなく溢れてくる涙を彼女のハンカチが拭ってくれる。
俺はハンカチごとその手を強く握りしめた。
「あ、あの…」
少し動揺に揺れたあの時と変わらない黒い瞳がこちらを覗く。
「俺、ずっと君を探してて。ずっと、会うことを願ってて…どうしよう、会いたかった」
止まらない想いが言葉に追い付かない。
あの時言えなかった言葉が、後悔が押し寄せてくる。
「ロゼット……、会いたかった。ごめん、本当にごめん。ずっと、ずっと」
好きだった。今もこれからも。
だが、伝えようとした言葉は俺の口元を隠すように、遮るように差し出された彼女の手で止まった。
「あの、待って。初対面……ですよね?」
ひゅっと喉が鳴った。今、なんと言った?
「……っ」
声にならない疑問が口の中で洪水を起こし、涙となって出ていってしまう。
「えっごめんなさい、本当に覚えがなくて…。どこでお会いしましたか?」
彼女の困惑の表情は変わらない。
人違い。ひどい勘違いだ。神様もひどすぎるじゃないか。なにもこんなにそっくりな人を連れてこないでくれよ。
「ごめっ……!す、みません。俺の勘違いです。ご迷惑をおかけしました」
目元を強くこすり勢いをつけて立ち上がる。
座り込んだままの彼女にも手を貸し立ち上がるのを手伝う。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
あの黒い瞳で、同じ瞳で聞いてくる彼女はよく見ればそう、まったくの別人だ。
「はい、すみません。お怪我はありませんか?荷物なども…」
そして脇に転がった荷物を見てまた息が止まる。
「これ…」
土に刺さっているのは木の枝だ。
でもこれは、俺の本当の。
「知ってる?!サクラなの!」
少しだけこぼれた土を戻しながら彼女は嬉しそうに言った。
「この国では難しいかもしれないってずっと思ってたんだけど知り合いが貴女なら大丈夫だよ。ってくれてね。このサクラ、遠い旅をしてきたの。枝をおとされてもうダメだって思ったんだけど、その知り合いが端正込めてお世話して、もう大丈夫だって。次の春にはお花がつくよ。咲かせられるよ。ってさっき貰ってきたの。その人まだ未熟だけど、とっても素敵なお花のスペシャリストを目指す子なの。あっごめんなさい。私お喋りで…」
コロコロと鈴を転がしたように止まらないお喋りはあの頃そっくりで、心が揺さぶられる。
「ねぇ、貴方の名前は?」
揺さぶられた心にストンと入ってくる。だから。
「……サクラ」
ぽつりと本当を教えてしまう。
「まぁ!この花と同じ名前?とても素敵!私もお花の名前なの。フリージアって言います。隣町でお花屋さんをしているわ!よかったら遊びにきてね!」
フフっと笑い何かを手渡す。
「これ、受け取ってくれる?ニコラムってお花をいれているの。…花ことばは、あなたとまた会いたい。ね?ぴったりでしょう?」
手の平にのった小さな栞を握りしめ、また泣いてしまう。
「ぴったりだ、とても。……とても」
彼女、フリージアはそっと頭を撫でながら優しく言った。
「今はとてもしんどいかもしれないけど、きっと大丈夫。明けない夜はないんだから」
会えたと思った喜びと、違った絶望、心優しい言葉に涙が止まらない。
「ありがとう…。また遊びに行かせてもらいます」
「えぇ待ってるわ、サクラさん。それじゃ私はこれで!」
手を降りながらフリージアは去っていった。
長い髪を揺らしながら歩く後ろ姿は、上機嫌な鼻唄と共に次の角を曲がっていった。
姿が見えなくなった瞬間、また壁に背をつけへたりこんでしまう。
息がもれ、嗚咽になり、やがて涙と共に声になった。
「こんなの、ありかよ……!」


どれくらい頭を抱えていたのだろう。なかなか帰ってこない俺を心配しておばさんが探しにきてくれた。
何も言わない俺に少し驚いていたが黙って家まで連れかえってくれた。
ハチミツを溶かしたホットミルクを無言で出され二階の客間で放っておかれる。
「こんなこと前もあったな……」
ファルゴットさん家でなんだったかロゼットと喧嘩をした。
その時、ファルゴットさんは何も言わずホットミルクを出してくれた。あの時は……。
「よし」
顔を洗い、気合いをいれ一階の酒場に降りる。
ピークにはいった厨房は戦場のようだ。
変わりに厨房をしてくれていたナリタに謝りすぐに調理を始める。
「ロア、もういいのか?」
エプロンをホール用に付け替えながらニコっと笑うナリタの顔はあの日の軍人だ。
「あぁ、大丈夫だ。もう戻れる」
あの日も俺はみんなに料理を振る舞った。火を扱っていると考えがまとまり素直に謝れる。
「ごめん、ありがとう」
つぶやいた言葉はちょうど戻ってきたおばさんにも聞こえたようだ。
バシっと俺の背中を叩きそのままホールに戻っていく。
あぁ、恵まれている。



なぁロゼット。君とよく似た別人に会ったよ。
君じゃなかったけど彼女もとても温かい人だったよ。
君に話したいことが増えたんだ。
早く会いたいと変わらずに思うけど、君に話すことが増えるのはとても愛おしいと思うようになったよ。
なあロゼット。君が好きだ。だからまた、絶対また、会おう。