クレイジートラベラー!!
江の島の灯台が、一定の周期でぐるりと巡り、闇夜に一筋の光を投げ掛ける。
国道の明かりが、防風林越しに、仄かに暗い茅ヶ崎の海岸を照らしていた。
俺は暖かい寝袋に包まれながら、遠い水平線を走る船の明かりを眺めている。
真っ暗な夜の海に響く、白波が砕ける音。他には何も聞こえない。
その遥か昔から続いてきた優しいメロディーを聞きながら、俺は静かに目を閉じた。
「チクショー!!みんな俺をバカにしやがって」
ゲッ!何だ!いきなり怒鳴り声が聞こえて来たぞ!!
波打際に一人、荒れ狂う人影が見える。
恐いよ~眠れない…よ…でも爆睡!!
おばちゃん達が何かを嘲り笑う声が聞こえてきて、俺は目が覚めた。
ムクリと起き上がると、おばちゃん達はあわてて逃亡した。
…朝か。俺のような変態にも、朝が来たぞ。
野宿セットをバカでかいリュックにしまい、はあ…っと白い息を吐きだしてロードレーサーに乗り込んだ。
ふっ…寒いぜ!全てが!!
小田原でエネルギーをチャージすると、いよいよ箱根であった。
箱根の山とは、ママチャリ時代から今までに幾度と戦いの刃を重ね、次第に友情のようなものが芽生えてきた。
俺のロードレーサーは、国道から折れて、箱根旧道へと吸い込まれて行った。
旅館から沸き上がる湯煙に包まれた登り坂が、グイグイと天高くそびえ立ち、俺がやって来るのを待ち構えている。
(よっ!半年ぶりだね!寂しかった?せいぜい、楽しませてもらうぜ!!)
ビュゥゥゥ~…
滴る汗が一瞬で凍り付くような、冷たさのこもった風が吹きおろしてきた。
さらに、雨まで降り出す
今回は晴れの予報だったので、雨対策は全くない
(あれぇ…箱根の山よ。ちょっと他の峠と浮気してたから…スネてるのか?)
他のロードレーサーに挨拶しながら追い抜き、芦ノ湖まで上がってきた。
寒々とした灰色の湖面の上を海賊船が滑って行く。
びしょ濡れの服が重たく、冷たい。
本当の恐怖は、これからやって来る。
真っ白な霧に覆われて、下り坂の下は見えない…が、確実に15km続くダウンヒル
もう行くしか無いんだ
テイク・オフ!!
俺のロードレーサー『クレイジィ・エンジェル号』!死ぬ時は一緒だぞっ!!
地獄の底まで続くような、白い闇。まるで氷の板をピタッと押し付けられたような、冷たさを通り越した痛さ。
そしてそれすらも感じなくなった。
沼津の街に降り立った俺の顔には、表情が無かった。ただ、歯をカチカチと鳴らし、かろうじて眼を開いているだけの人形だ。
持って行かれたのは、生命エネルギーそのものだった。
飯…食う…本能によって無意識に沼津港にやって来た!!
どんぶりに目一杯盛られた海鮮丼を食い漁り、お茶が入ってる缶みたいな形で直立した巨大なかき揚げを平らげた。
あ…あ…パワーが戻って来る!!
ようやく雨がやんだ東海道を走り始めた。
ずぶ濡れの服は、走りながら乾かすしかない。
寒かったが、耐えた。
何故か耐えられた。
夕方頃、静岡県の富士宮に到着した。
見知らぬ街に陽が沈み、ガクンガクンと気温が下がる。しかし俺は冷静に目的の場所に辿り着いた。
富士宮焼きそばの名店「うるおいてい」
食うぞ!コノヤロー!!
ホクホク、トロッとしたお好み焼き!
程よい歯ごたえの麺の中に、半熟卵がとろける、焼きそば!!
うん。満足だ!
その後、温泉で疲れを癒す。パーフェクトだ!!
そろそろ、温泉も閉館の時間かな。
さて、野宿はどこでするか…
寒波がやって来て、トゥナイトはかなりヤバいとの事である。
でもきっと耐えられる!!大丈夫さ。
俺は最強の旅人…『クレイジートラベラー』
なのだから。