ありがとう自転車趣味!の巻
10月27日
黄金色の絨毯のような落ち葉を踏みながら奥に進むと、至る所から立ち上る淡く香ばしい焚き火の匂い。ところ狭しと設営された丸っこいテントがまるで、群れで厳しい冬を乗り越えるために集結して来た、てんとう虫たちのようだ。
その狭間を縫うように、ロードレーサーを押しながらキャンプの陣地を探す男ふたりの姿があった。
『若いおっさん・・途中から輪行したいと願い出てくれてありがとな!お前が超ヘタレで本当に良かったぜ!!』
私はそう言って、眩しい笑顔とハゲあがった頭を嬉しそうに輝かせる。実は途中から、自走で行くのが面倒くさくなって電車に乗ったので、早めにキャンプ場に到着しちゃったのだが、すでに入場者が殺到で制限がかかるギリギリのところだったのだ。
『俺も、兄貴が激しく輪行に同意してくれる腰抜けで嬉しいですよ。』と、若いおっさんは呆れたように鼻で笑った。
陽が落ちて、若いおっさんが焚き火に薪をくべながらしみじみと言う。
『兄貴とはもう長い付き合いですが、最近はよく遊びますねぇ。』
『そうだなぁ。つーか友達いねえし、お前以外のヤツとほとんど会わないしなぁ。』
こんな私でも、昔は<仲間>が居たような気がする。
とある自転車系のSNSで知り合った仲間に会いに行ったり、一緒に自転車で走りに行ったりしたものだ。
あのときは本当に幸せだったなぁ。ずっとあのまま・・楽しい夢を見ていたかったな。
だが、そのSNSもいよいよ無くなってしまうのだった。
彼らともう二度と関わることがないと思うと、何だか私の心に住んでいた大事な住人が、もう戻れないどこかの国へ去って行ってしまう気分である。
焚き火のオレンジ色に光る粉がふわっと舞い上がり、それを追いかけて夜空を見上げると、かつて<仲間>だった人たちの顔が浮かんだ。
若いおっさんのスマホから、泥んこになって遊んでいた子どもの頃を思い出すような、哀愁の漂うメロディーが流れ始める。これは劇場版ドラえもんのエンディング曲で、七歳の僕は大人になんてなりたくないな。でもどうして大人になるんだろう、と自分自身に問いかけている。(つーか、七歳でこんなこと考えるヤツすげえな)
『兄貴は、いつ頃大人になったと思いますか?』と、若いおっさんが私に聞いてきた。
『・・え?そもそも俺は大人じゃねえし。』
『なっ・・!?』若いおっさんの驚愕の表情が、焚き火の炎に照らされて揺らめいた。
『じゃあ、お前にとって大人になる、とは・・どういう事なんだ?』
私が問うと、若いおっさんの言う<大人>とは、<家庭を持つこと>なのだそうだ。私は首を振って答える。
『大人とは・・考え方や態度が十分に成熟していること。物事の道理をよく考え、深く思いを凝らして判断することができる人のこと。少なくとも俺には無理だ。もうお前になら分かっていると思うが、日本は滅ぶぞ。それで家庭を持っても幸せになるどころか、不幸をまき散らすだけなんじゃないか?それなら、家庭など持たないというのも、大人の判断とは言えないか?
また、日本人は大人になれないどころか、そもそも人間じゃねえ。自分の頭で物事を考えず、テレビやマスコミ、周りと同じ事をし、偉い人とお金の言いなりになる家畜だ。まずは人間性を取り戻さなきゃならねえ。』
私はもともと♀にモテないだけでなく、家庭を持ちたいという願望を持たない男なのでこんな事が言えるだけなのだが・・別に家庭を持っても良いと思う。日本人はもうこの世から居なくなる・・好きなことをすれば良い。
若いおっさんは神妙な面立ちで頷いた。
『はい・・。確かに大人になるのは難しいっすね。あ、そうだ。友達なんて居なくて全然問題ない、孤独で良いって、林修さんが言ってましたよ!』
何だ。若いおっさんは、友達がいねえ私を慰めてくれるってのか?
良い奴だな、俺はお前と出会えて本当に良かったよ。
翌日・・キャンプ場での爽やかな朝を迎えた私たちは、駅近くの温泉に入って帰っていく。もちろん輪行でな(笑)
私はもう自転車趣味にハマるということは無いだろう。
だけど、ありがとう。
この破滅するクソみたいな世の中でも、生きてて良かったと思える、素晴らしい思い出をくれて・・ありがとう。
11月2日
『腕力に自信のある人!いらっしゃいますか!!』
栃木県の災害ボランティアセンターにやってきた私は、勢いよく挙手をする。
すぐ隣にいたおっさんも同時に手を上げたので、思わず見知らぬふたりで笑った。
他人のために汗と泥まみれになって無償で動くなんて、相変わらず分からねえ、理解に苦しむ。ここに集まった人たちって、一体何者なんだ?
彼らは、台風の被害で困っている人が放っておけないと、日本中から集まってくる。
これが分かれば・・少しは大人に近づくのかなぁ?そのために、今日の作業を頑張ろう。
ああ~俺はいつ頃、大人になるんだろう?
そう思いながら見上げる広い青空には、私の下らぬぼやきなど素知らぬふうに、ただ晩秋の乾いた風が吹き抜けていく。
今回のエンディングテーマ<少年期>