藤ノ木優です

 

いよいよ

下矢印下矢印下矢印

 

 

発売まで

残り3日・・

 

緊張のピークです

 

1年かけて作ってきた作品ですが

売れ行きはおおよそ2週間で

決まってしまう業界なので

 

なんとも厳しい世界です

 

さて

良い売り上げを祈願して

以前書いた短編小説

掲載しようと思います

 

初めて訪問される方は

藤ノ木優って

こんな話を書く作家さんなんだ

 

って感じで読んでみて下さい

2−3回に分けて掲載します

 

短編:鯛を釣る少年(1)

 

身の丈よりも長い竿を精一杯振ると、真っ赤な浮きがポチャリと落ちて、水面を漂う。

 

九百三十五回目の挑戦。

 

最初はいくら頑張っても目の前にしか落ちなかった浮きが、ようやく五メートルくらい遠くまで飛ぶようになった。

 

我ながら大きな進歩だ。

 

こんなに遠くまで浮きを飛ばせる小学二年生は、そうそういない。

今までの努力の成果が目に見えるようで、どこか誇らしくなる。

 

すると、葦の草むらの先から声が聞こえてきた。

 

「優斗―」

 

パパだ。

 

パパが迎えにきたということは、もう夕方の五時だと思った瞬間、夕焼け小焼けの音楽がスピーカーから鳴り響いた。

 

「そろそろ帰るぞ、優斗」

 

「待って、今投げたばっかりだから」

 

横に立ったパパが、浮きに目を向けた。

その表情は、どこか悲しそうだ。

 

このところ、パパはずっとこんな感じ。

最近、笑顔を見せてくれない。

 

「なあ優斗……。いつまでやるんだ?」

 

「釣れるまでだよ」

 

僕は、もう一度浮きに目を向けた。

二人の視線が、水面にフラフラと漂う浮きで交わった。

 

「約束したでしょ? ここで鯛を釣ったら、ママに会わせてくれるって」

 

「それは……」

 

それきり、パパは黙り込んでしまった。

 

パパは、まさか僕が本気でこんなことに挑戦するなんて、思ってもいなかったんだ。

 

浮きの先に視線を向けると、対岸が見える。

大きな幅ではあるが、水は左から右へと同じ速度で流れている。

 

ここは川だ。

 

小学生の僕だって、流石に知っている。

 

鯛は海の魚だ。

だから、川では釣れない。

 

教科書にだって、どんな図鑑を調べたって、そう書いてある。

 

浮きから目を離して右に顔を上げると、河口から大きな海が広がっている。

 

鯛の住処は、あっちだ。

 

でも僕は、ここで鯛を釣り上げなきゃならない。

どんなに不可能に思えても、それをしなきゃいけない理由があった。

 

ママに会うためだ。

 

「優斗……。事情があって、しばらくママと会えなくなった」

 

二ヶ月前に、パパが突然そう言って、それきりママに会えていない。

いくら理由を聞いても、パパはてんで答えてくれやしない。

 

『ママはどうしたの?』

 

そう聞くと、パパは決まって悲しい顔を見せる。

 

パパだけじゃない。

 

おじいちゃんも、おばあちゃんもみんな同じ顔。

 

でも、どうにかしてママに会いたくてパパを説得し続けたら、とっておきの約束をしてくれた。

 

「そこの川で鯛が釣れたら、ママに会えるよ」

 

僕の質問攻めにあって、ほとほと疲れ果てたパパの感じからすると、どう考えても無理な目標を言ったのは間違いない。

 

でも、そんなことどうだってよかった。

 

ママに会いたい。

 

そんな一心で、その日から僕は、パパの部屋から引っ張り出した竿を振り続けたんだ。

 

大人用の竿。

大きな仕掛けは、海の魚むけだ。

 

 

今のところ九百三十四回、浮きは反応していない。

そしてその記録は、もう一つ増えそうだ。

 

でも僕は竿を振り続けるんだ。

 

いつか川で鯛が釣れると信じ続けて。

千回でも、二千回でも。

 

明日も、明後日も、そのまた次の日も……。

絶対に鯛を釣るんだ。

 

続く