霊的な人は証人の組織と一致する人で聖書的に正しい事でも人に言うべきではありませんか | ヨハネのブログ

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 エホバの証人の会衆のある長老が、会衆の成員に、霊的な人とはどんな人ですかと質問しました。そして、その長老は霊的な人とは、エホバの証人の組織と一致する人だと説明しました。そして、聖書的に正しい事でも、組織の教えと調和しないことは人に言うべきではないと言いました。

 私は、エホバの証人すべてがこの長老のような考え方をしているわけではないと思います。聖書を重んじているエホバの証人もいると思います。しかし、この長老の考え方は聖書的でしょうか。調べてみましょう。

 聖書の中に、物質の人と霊的な人が出ています。霊的な人とはどんな人でしょうか。

  それは、コリント第一の手紙にあります。「物質の人は神の霊の事柄を受け入れません」。「一方,霊的な人は実にすべての事柄を調べます」と述べられています。(コリント第一2:14,15)

 聖書は神の霊感を受けている本です。(テモテ第二3:16)また、聖書の預言は、とりわけ人が聖霊に導かれて神によって語ったものです。(ペテロ第二1:21)ですから、「神の霊の事柄」とは、当然、聖霊の所産である聖書の内容でしょう。


 
霊的な人が調べる「すべての事柄」とは、主に聖書の詳細を意味しているでしょう。

 ペテロ第二1章によると、「すべての事柄」は、「神」と「イエスについての正確な知識」を中心としています。(ペテロ第二1:2,3)また、「神が昔のご自分の聖なる預言者たちの口を通して語られたすべての事柄」という言葉も聖書にありますから、「すべての事柄」には、聖書の預言も含まれるでしょう。(使徒3:21)ですから、霊的な人は、聖書全体の「正確な知識」を調べるでしょう。

 

ですから、霊的な人とは、単にエホバの証人の組織の教えに盲従する人を意味してはいません。聖書の正確な知識の詳細に自分の思いを向ける人のことです。それで、もし、万が一、エホバの証人の教理が聖書と調和していなかったなら、そのことを「霊的な人」は指摘するでしょう。




 
Textbeispiel der deutschsprachigen Ausgabe


 そして、エホバの証人は、組織と一致して、聖書的に正しい事でも、人に言うべきではないでしょうか。昔、預言者は、神の言葉から語ることのないようにと、周囲の不信仰な人々から何度も言われました。しかし、昔の預言者はそうした人々に従いませんでした。

  例えば、預言者アモスは、北のイスラエルで預言していました。北のイスラエルで、ベテルの祭司アマジヤは、預言者アモスに対して、「ベテルではこれ以上いっさい預言をしてはならない。」と言いました。(アモス7:12,13)なぜなら、アモスが北のイスラエルに災いが臨むことを預言していたからです。(アモス7:11)アマジヤは、北のイスラエルのベテルが、王の権威のある所なので、神の言葉を語ることのないようにと圧力をかけました。

 アマジヤがアモスに神の言葉から語ることのないようにと圧力をかけたのは、正しい事だったでしょうか。

 エホバはアモスにアマジヤの前途にあることを告げさせました。アマジヤは、神の言葉から語ることを禁じたので、彼の妻が、遊女になり、子供たちが剣で倒れ、アマジヤが「死ぬ」と予告されました。(アモス7:17)




 

The Prophet Amos (Amos 1:1-15)
昔預言者アモスに神の言葉から語ることを禁じた人に対してエホバ神は死を予告されました


 預言者エレミヤの故郷のアナトテの人々は、「あなたはエホバの名によって預言してはならない。あなたがわたしたちの手にかかって死なないためだ」と言いました。アナトテの人々は、命を奪うと脅してエレミヤが神の言葉を語ることを禁じました。(エレミヤ11:21)

 エホバの言葉を語らないようにと圧力をかけたアナトテの人々に対して、エホバは「アナトテの者たちの上に災いを・・・もたらす。」彼らの子供たちが、「剣によって・・・飢きんによって死ぬであろう。」と言われました。(エレミヤ11:22,23)


 それで、神の言葉を語らないようにという圧力をかけることは、自分と自分の子孫にエホバからの災いを招き得ます。エホバの証人の組織の教理と調和しなくても、神の言葉に調和していることを語ることを禁ずる人は、エホバから、昔のベテルの祭司アマジヤやアナトテの人々と同種の人にみなされるでしょう。

 さらに、一世紀に、使徒たちも当時の宗教指導者から、「どこにおいてもイエスの名によって何か口にしたり教えたりすることはないように」と言い渡されました。それに答えてペテロとヨハネは「神よりもあなた方に聴き従うほうが,神から見て義にかなったことなのかどうか,あなた方自身で判断してください。」と言いました。(使徒4:18-20)

 また、さらに、当時の大祭司が、「この名によってもう教えてはならないときっぱり命じておいた」と言いました。それに対して、ペテロと[ほかの]使徒たちは、「わたしたちは,[自分たちの]支配者として人間よりに従わねばなりません。」と言いました。

 それで、一世紀の使徒たちは、支配者として、人間より神に従って、神の言葉を語り続けました。それで、もし、人間であるエホバの証人の統治体の権威に従って、神の言葉から語ることを差し控えるとしたら、使徒たちの手本にならっていることになるでしょうか。


 それで、聖書的に正しい事でも、エホバの証人の統治体の教えと調和しないことは、話していけないというのは、一世紀に使徒たちに神の言葉を語らないように圧力をかけた宗教指導者たちと同じになってしまうでしょう。彼らは、イエス・キリストに敵対していました。そのような態度はエホバ神からの是認は得られないでしょう。



 
Dispute before Sanhedrin
昔サンヘドリンはみ言葉から語らないようにと使徒たちに圧力をかけました


 それで、霊的な人とは、神の言葉の正確な知識を探求する人の事です。神の言葉を中心に物事を調査する人です。また、組織と一致しないことは、聖書的に正しい事でも、語らないようにと圧力をかけることは、昔神の僕たちを迫害した人々と同じ立場に立っており、エホバ神の是認を失い、将来災いを経験する危険な立場に立つことになるでしょう。