地下鉄レールの擦れる音と潰れたヒールを削る音は似ている
髪を突発的に切ったけど気に食わない。友達は留守ばかり。朝ごはんでも買いに行こうと出れば角の三河屋閉まっててパジャマのままラッシュアワーの駅まで来ちゃった。スーツを着たおねえさんに変な目で見られた。調子に乗んじゃねえ。悪口なら得意、なんて言葉は裏返し、おまけにパジャマも裏返し、怒っていたと思えば泣きたくなり、隣のおじいさんに話しかけられてそれまでのことを全部忘れた。


この仕事はまあ悪くはない。地下鉄構内での靴修理。客は女が圧倒的に多いし、話したくなければほとんど口を利かなくてすむし、何か文学的だし。この黒いパンプス。どういう歩き方をすればこうなるのだろうか。外側から擦り減っていてもう踵の芯の部分が見えてしまっている。潰れた踵を回る鋼のローラーで削って新しいゴムの滑り止めを付ける。客はその間椅子に座って待っている。出来上がったら口を挟む隙を与えないように手早く修理箇所を見せ、代金を貰う。その場で直った靴を履いてそれぞれ自分の用事に戻っていく。後ろ姿を目で追ってみても、十数秒もすればみんなわからなくなる。