スニーカーNの反射板 浮き上がるアキレス腱に空腹を思い出す


水曜はアパートに帰れない。


バイト先の先輩に水曜は部屋を貸しているから、先輩とその彼女が始発で帰る頃を見計らって部屋に戻る。朝まで時間を潰していれば、深夜のシフトに入るより多く貰えるから悪くない。


店を出ようとすると、電話が鳴った。営業時間はとっくに過ぎていたけど、しつこく呼び出しを続けるので、出た。せっぱつまった男の声で、シーフードピザにペパロニをトッピングして、Lサイズを大至急で、と、駅前のビリヤード場の住所を告げると電話が切れた。無視しようかとも思ったけど、ちょっと電話の前で考えて、オーダーを反芻しながら冷蔵庫の中身を確認した。ピザ代全部自分のものにしちゃえばいい。



駅前の路地を少し入った雑居ビルの2階。レザボアドッグズがビリヤードしていたんだ。六人組みの男たち、揃いの後ろがつるつるした生地のベストにピンストライプのズボン、ネクタイ締めてるやつもいれば取っているやつもいた。200万でどうだとか、あいつはうるさくてやりにくいとか。いい大人が揃いの格好をしてビリヤードをしている様は滑稽だけどダンディっていうか。一番若くて男前なやつは会話に入ってなくて、他の奴らが話すのに曖昧に笑ったりしてた。映画ではこの中に刑事が紛れているはずなんだけど、だとしたらこいつだろうなって、じろじろ見ていた。サングラスをした太った奴が受け取ったピザの蓋を開けて大声を出した。オレは海老アレルギーだって言っただろう、ってそいつを睨み付けていた。思わず目を伏せた。黙って代金を貰った。店を出る瞬間、そっとそいつを見たら、彼はすがるような目をした。ように思ったけど、ぶ厚い扉が顔の前で閉まったので、足早に階段を下り、表に停めてあったデリバリーのバイクに跨った。


店に帰るつもりだったのに、何だか気になって甲州街道をバイクで行ったり来たりしていた。罪悪感と可笑しさがないまぜになって、歩道橋のたもとにバイクを止めて、しばらく階段に座っていた。だんだんあたりがブルーグレーに染まり、コンビニに納品に行くようなトラックなんかが目に付き始めた。部屋に帰るには早すぎた。明るくなるまで油くさい自分のニューバランスのスニーカーの汚れを指でほじったり、階段の隅から生えている草をむしっては投げた。


次の日覗いた井の頭通りのパチンコ屋で、そいつがあのときと全く同じ格好でマイクを使って店内放送していたのを見て、ちょっと面白くなかった。