「田舎暮らしで第二の人生を」といったたぐいの、いかにも耳に響きのいい言葉を用いて、リタイアした都会人の移住を唆す地方自治体の露骨な作為が目立ってきていますが、しかし、こんなペテン同様の口車にうかつに乗せられてはいけません。元も子もなくして、それまで苦労して築き上げてきた人生をすべて棒に振ってしまいかねない、非常に危険なことなのですから。
 都会と同様、田舎もまたそれ以上に過酷な現実世界であるということを忘れないで欲しいのです。風景の素晴らしさ、水や空気の透明さなどに圧倒されて、ついつい見落としがちですが、人間としての地元住民をほかの何よりも重視して見定めなくてはなりません。かれらの心根が風景や水や空気のように澄みきっていて、それが素朴な人柄というような言い回しにすり替えられて勝手に納得し、あとで泣きを見るケースがあまりにも多いのですから。
 これほどまでに暗く、陰湿で、排他的で、閉鎖的で、感情と本能を露骨な形でむき出しにし、嫉妬深い人々とは思わなかったと、そう気づいたときにはもうあとの祭りなのです。地理的にも社会的にも極めて限られた生活空間において、広い視野と心を持ち得ない、いじけきった少数の人間とうまく付き合いながら、理想に近い新生活を送るなどということはまず不可能でしょう。そして、ひとたび人間関係がこじれてしまうと、もう逃げ場がなく、そして、退屈のあまりそうしたトラブルさえも楽しみに変えてしまう、地元住民の黒々とした神経に腹を立て、理不尽だと罵っているうちに、いつの間にか殺意が生まれてきて、とんでもない悲劇を差し招くこともあり得ないことではないのです。