これはあくまで私個人としての考えなのですが、山は仰ぎ見るものであって、登るものではありません。野山に親しみたい、大自然のふところに抱かれたい、都会の喧騒と退屈な日常を逃れて、心と魂の洗濯をしたいという気持ちは理解できますが、しかし、文学青年的なナルシシズムの悪臭が漂う、その子どもっぽい憧れをもってして、現実のかたまりである、つまり、ひとつ判断を間違えただけで命取りになる危険がいっぱいの、不慣れな空間に簡単に足を踏み入れてしまうのは考えものです。どんなに装備を充実させていても、充分な体力を具えていても、ときとして予想もつかぬとんでもないアクシデントに見舞われ、あっと言う間に危地に追いやられ、あっさり命を落とすようなことも珍しくありません。その辺の覚悟をしっかりと固めてから山へ挑むのなら、他人が口出しすることはないのですが、しかし、こうした登山口の町に住んでかれらを眺めていますと、どうもそうではないらしいことが、現実なんか現実に任せておけばいいという、逃避型の登山者が目につき、そのあまりの危うさにはらはらさせられるのです。
 本当のことを言えば、自然を愛するのなら山へ足を踏み入れるべきではないのです。愛する当人たちが自然を破壊しているという大きな矛盾に気がつかないはずはないのでしょうが、残念ながらかれらは、自分の出したゴミさえ持ち帰ればそれで自然を保護しているものと思いこんで、自己満足しているようなのです。山は野生動物の世界として人間はなるべく近づかないほうがいいように思えてなりません。そうすれば、人間の世界に足を踏み入れる熊の数も減り、また、その熊を害獣としていちいち射殺するというような野蛮極まりない行為に出なくて済むはずなのですが……。