癌の治療による精子のダメージ | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

癌を罹患した男性の妊孕性(妊娠できる力)の温存は、抗癌剤や放射線治療の前の精子凍結保存に他なりませんが、癌そのものが精子に与える影響については明らかな見解が得られていませんでした。本論文は、元々の精子の状態と凍結融解操作による精子のダメージの程度が癌の種類によって異なることを示しています。

Fertil Steril 2013; 99: 464
要約:1994~2010年に初めて癌の治療を行った373名の男性から、癌の治療(抗癌剤や放射線治療)開始前に精液を採取し、採取時と凍結融解後の精液所見を癌の種類ごとに比較検討しました。なお、無精子症の方は除外し、コントロール群は癌のない男性104名(不妊治療中)としました。コントロール群では、凍結前後の精子ともに最も精子の状態が良く、癌の方はその種類によって異なっていました。癌の患者さんでは、前立腺癌が最も凍結前後での精子の状態が良く(総運動精子数:凍結前15510万/mL、凍結後5320万/mL)、白血病で最も悪くなっていました。リンパ性白血病では凍結前で最も悪く(2680万/mL)、骨髄性白血病の方では凍結後で最も悪い状態(690/mL)でした。精巣癌では、総運動精子数が500万/mL以上の率が最も少なくなっていました。従って、精巣癌と白血病の患者さんでは、精子凍結を癌の治療前に何回も行っておく必要があると考えます。

解説:癌は高齢の方になりやすい疾患ですが、男性では44歳以下の癌患者さんは約9%おります。早期診断と治療の進歩により、癌の治療後に妊娠を望まれる方も増加しています。しかし、抗癌剤や放射線治療は、多かれ少なかれ(永続的だったり一時的だったり)精巣機能にダメージをきたし、精子の状態が悪化します。癌の治療中にお子さんがいない方の75%以上は、その後子どもが欲しい気持ちが生じることがASCO(米国臨床癌学会2006年)から発表されています。そのため、癌の治療前に、癌治療により妊孕性(妊娠できる力)が低下する可能性とその温存方法についての選択肢を提示することが望まれます。実際には、癌の治療をする医師の中に、これらの知識が乏しい方も少なくありませんので、気がついたら妊娠できなくなっていたということもしばしば経験します。医療者への教育の必要性があり、これには生殖医療に携わる者の役割が重要です。元々の精子の状態と凍結融解操作による精子のダメージの程度が癌の種類によって異なるため、男性の癌患者さんに対する啓蒙活動として、特に白血病を担当する医師(小児科医と血液内科医)に話をする機会を設ける必要があると考えます。精巣癌を担当する医師(泌尿器科医)はよくご存知だと思いますが、専門分野によっては詳しくない方もおられるかもしれません。