☆☆AZF遺伝子微小欠失 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

無精子症は、射精された精液中に精子を認めないことを意味します。しかし、無精子症の方でも精巣では精子を作っている可能性があり、TESE(精巣精子採取法)を行って精子が回収できれば、顕微授精(ICSI)で妊娠のチャンスがあります。TESEは精巣にメスが入りますから、メスを入れる前に精子が採取できるか否かを判断できると良いわけで、精子採取の可否を予測する因子の検討が近年なされています。本論文は、TESEで精子が回収できない場合の判断は、AZF(azoospermic factor:無精子症因子)aまたはb領域の微小欠失で可能ですが、精子が回収できる場合の予測はできないことを示しています。

Actas Urol Esp 2013; 37: 266(スペイン)
要約:2003~2011年に74名の方のTESEを行い、FSH、インヒビンB、精巣容積、精巣組織、AZF遺伝子を検査しました。精子は47.2%で回収でき、OA(閉塞性無精子症)で100%、NOA(非閉塞性無精子症)で36%の回収率でした。インヒビンB低値、FSH高値は精子回収不良に相関していましたが、その他の因子も含め、精子回収の予測が可能なものはありませんでした。AZFaあるいはAZFb領域の微小欠失の方は1人も精子を回収できませんでした。一方、CFTR(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator:嚢胞性線維症膜貫通調節因子)変異の方と極少精子症(cryptozoospermia:何回かに1回極めてわずかに精子が認められる)の方では100%精子が回収できました。NOAで精子の回収可能を予測できる検査はありませんが、AZFa,b領域の微小欠失により精子回収ができないことを判断することは可能です。

Clinics 2013; 68: 121(ブラジル)
要約:これまでに発表された文献を検索したところ、NOAの方にTESEを行う際に精子が回収できることを予測する因子はなく、回収できないことを判断する因子として唯一AZFaおよびAZFb領域の微小欠失が同定されました。

解説:1995年にDevroeyらは、NOAの患者さんの精巣精子(TESE)を回収してICSIを行うこよにより初めての妊娠に成功しました。さらに、1999年にSchlegelは、精子回収の確率を上げる方法として手術用顕微鏡を用いた精巣精子採取法(micro-TESE)を報告しました。

AZF遺伝子は、Y染色体の長腕に存在し、精子形成に関与しています。AZFは3つの領域a,b,cからなり、27種類のタンパク質をコードしています。これらのタンパク質は、精子形成に必須で、減数分裂や精子形成細胞の細胞周期に関与しています。具体的には、AZFa→b→cの順番に精子形成に関与しており、組織学的にはAZFa微小欠失でセルトリ細胞のみ、AZFb微小欠失で精子発生成熟停止AZFc微小欠失で精子形成低下となります。つまり、AZFa微小欠失が最も重症で、ついでAZFb微小欠失、AZFc微小欠失となります。当初は、AZFaおよびAZFb領域の微小欠失でも精子形成の可能性があるのではないかと考えられていましたが、現在では本論文(いずれも2013年に発表)に示すように、AZFaおよびAZFb領域の微小欠失では精子は認められません。一方、AZFc微小欠失の場合には精子回収が可能なことが多くあります。無精子症の80%はNOA、20%がOAです。AZF遺伝子の微小欠失には、AZFa、AZFb、AZFc、AZFb+c、AZFa+b+cの5つのパターンがあり、NOAの方の約10%に認められます。このうち唯一、AZFc単独の場合のみに精子回収が可能です。ただし、AZFc微小欠失は男児に遺伝しますので、男の子の将来の精子の状態に関与する可能性があります(AZFc微小欠失の場合、無精子症とは限らず、精子減少症や精子無力症の可能性もあります)。

CF(嚢胞性線維症)は,主に消化器系と呼吸器系を侵す外分泌腺の遺伝性疾患で、白人に多くアジア人では少ない疾患です。外分泌腺は細胞の外側に液体を分泌する細胞ですが、CFでは極めて粘稠度の高い粘液を分泌するため、肺、膵臓、大腸、汗腺、精管で管が詰まってしまい、慢性閉塞性肺疾患,膵外分泌機能不全,胎便性イレウス、電解質濃度の異常に高い汗による脱水、精管閉塞によるOAが生じます。